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2010年6月

2010年6月27日 (日)

痛み止め

手術から戻ってきて
看護師さん達にセッティングをしてもらって
病室で何とか過ごせるようになって・・・

「大丈夫?」
と、声をかけると
「大丈夫な訳ねぇ~よbearing
いてぇ~・・・」

と、顔をしかめたsweat01

お義姉さんが
「○○(←夫の名前)頑張ったねconfident
無事に終わって良かったねgood

と、言うと

「わざわざ悪かったねdespair
義兄さん、仕事休んでくれたん?」

と、義兄の仕事の心配をしていた。
話をするのにも痛いらしくて途切れ途切れだった。

リレーのバトンのような大きさの
筒状のものからチューブが出ていて
そのチューブの先が背中にささっていて
体の中に少しづつ痛み止めを注入しているという説明があった。

長男が足の前十字靱帯の再建手術をした時もそうだった。
あまり痛みが強いようであれば
そこにプッシュできるようなものがついているので
プッシュすれば強い痛み止めが体の中に入るようになっている
と、いう説明もされた。

たぶん、プッシュして出るのがモルヒネか何かだったと思う。
だいぶ痛そうだったので
「プッシュしたほうが良いんじゃない?」
と言ってみたが、夫はモルヒネとかに異常に嫌悪感があるようだった。

私のほうは長男の時も、それをプッシュしたら
痛みが全然違った覚えがあったので
痛みを我慢する必要はないと思っていたのだが
なかなか言うことを聞かなかったshock

義姉夫婦は、しばらくいたが
いると気もつかうだろうし、疲れるだろうから・・・
と、気づかって帰って行った。

夫はうとうとするが、又傷みで目が覚めるらしくて
目が覚めると、とても苦しそうだった。
看護師さんを呼ぼうととすると
イヤがって、とにかく我慢をしようとしていた。

うとうとしている時にナースセンターへ行って
モルヒネを入れたがらない話をすると
看護師さんがきて説明しながらプッシュしてくれた。

間もなく痛みがとても違ったらしく、おだやかな顔で
「こんな事なら早くしてもらえば良かったよsweat02
と、疲れた様子で、ようやく笑ったcoldsweats01

「だから、私の言うことを聞くのが良いんだよthink
と、少し意地悪を言ってみた。
普段の生活から何から言うことを聞いてくれなかったので
この時とばかり言ってやったgawk

「そんなに、いじめなくても・・・」
と、苦しそうに笑っていた。

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2010年6月25日 (金)

やっと終わった

手術から戻ってこない夫を待ちながら
不安とイライラがつのっていた。

通りがかった看護師さんに
「まだ、終わらないんでしょうか?」
と聞いてみたが、様子を確認する事もなく
「まだみたいですねgawk
などと言われてしまったsweat01

嘘でも確認するふりをしてくれたら良いのに・・・think

義姉と、とりとめのないおしゃべりをしていると
「手術が終わったので、そろそろ戻ってきますよhappy01
と、違う看護師さんが知らせに来てくれた。

その様子からは特に問題があったようには思えない。
ちょっと安心したcoldsweats01
しばらくするとストレッチャーをころがす音が聞こえてきた。

廊下に出てみるとストレッチャーに乗り
点滴やら鼻に入ったチューブやらをつけて
重装備になった夫が戻ってきたeye

「おかえりhappy01
と言うと、何か言いたそうだったが顔をしかめた
「お義姉さんと、お義兄さんがきてくれたよsign01
と言ったら、やはり顔をしかめて
「来なくても良かったのにsweat01
と、ふりしぼるような声で言った。

痛みと闘っていたんだと思う。
私は盲腸の手術をした事があるが
下半身麻酔だったため、ずっと意識があった。
しかも麻酔が切れやすい体質だったので
あっという間に麻酔が切れて痛みが襲ってきた。

自分の時は30年以上も前の話なので、ろくに痛み止めもなく
足が動くようになったら、ひたすら痛みと不快感があった気がする。
今は、いろいろな事が良くなったとはいえ
全身麻酔なのに、手術が終わって数時間で麻酔が切れ
意識もあるなんて、ちょっと怖いと思ったsweat02

夫はストレッチャーからベッドに移されたのだが
遠慮深い人のため、女性に抱えられて
移動させられることに、とても抵抗があったようだった。

自分で何とか動こうとするが
痛みで思うようにならなくて
あぶら汗を流しながらいると看護師さんに
「力入れなくて良いですよ。
みんな慣れていて力ありますからgood

と言われていた。

でも、さすがに術後の状態は行く前とは違うらしく
男性の看護師さんも呼びに行ってきて
何人もに囲まれて移動させてもらっていた。

「お家の方は少し出ていてください」
と言われて部屋の外へ出た。

腕からの点滴、尿道カテーテル、鼻に入ったチューブ、
お腹の中にたまった血液などを排出するためのドレン、
痛み止めは20センチくらいの筒のようなものから
管が出て背中から少しづつ身体の中に入るようになっていた。

他にも何から解らない管やら線やらが
夫の体にくっついていた。
そのあらゆるものをベッドで過ごせるように
セッティングしているようだった。

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2010年6月23日 (水)

終わらない手術

2007年6月12日(火)手術室に入った夫は
医師の説明だと2時間から3時間で
手術を終えて出てくる予定だった。

その間は自分には何もできなく
テレビのドラマのように
手術室の前で待機するような病院ではないため
ひたすら病室で待っていた。

病室は4人部屋の廊下側だった。
何もしないでいると余計な事を考えてしまうので
テレビを見たり夫のベッドで横になったりして
時間をつぶしていた。

でも、2時間を過ぎると急に時間が気になってきた。
手術室の前に行ってみたが
時々看護師さんが出入りしているだけで
術後の人が出てくるような気配はないeye

仕方なく又病室で待っていたが
30分ほどすると又気になって手術室の前へ行ってみた。
相変わらず全く中の様子もわからず
病室に戻ってきた。

「手術、まだ終わらないの?」
と、夫のすぐ上の姉が、姉の夫と一緒に入ってきた。
夫は5人姉弟の4番目・・・
夫以外は全て女姉妹だ。

夫の姉妹については→ここ
とにかく、来てくれたすぐ上の姉以外とは
まるで敵のようになってしまっていたので
夫がガンである事も手術をする事も
この義姉以外には知らせていなかった。

一人ぼっちで待っていたが
義姉の顔を見て少し心細さが和らいだconfident
「先生は2時間から3時間くらいって言ったんだけど
もう4時間も経つんだよねbearing


こうなってくると
もしかしたら手術中に何があったんじゃないだろうか?
とか、悪い事しか考えられなくなってくるsad

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2010年6月21日 (月)

手術室へ・・・

2007年6月12日(火)手術・・・
私は前日の夜は実家へ泊まり
朝、なるべく早めに病院へ行こうと思い
9時には病院に入ったhospital

実家から病院は近い。
1キロと離れていない。
車で行くと、駐車場に入るのに時間がかかり
駐車料金も馬鹿にならないので
荷物が多い日以外は実家の弟の自転車を借りて行ったbicycle

手術は午後から。
朝行くと、もうなにやら点滴をされていた。

子供達には連絡はしたが
長男と長女は仕事で、次男は学校だったため
娘だけは夜には来ると言っていた。

午後になると手術着に着替え
頭にシャワーキャップのようなものをかぶり
ストレッチャーに移された。

夫は、なんでもなく動けるのだが
看護師さんが2人がかりで大判のバスタオルに乗せ
移動させようとしていた。
いくら痩せているとはいえ
180センチ、60キロほどの人を持ち上げるのは大変だ。

夫は「動けますからgoodと言って自分で移動をしていった。
長男は足の前十字靱帯を切ってしまい再建手術をしたのだが
点滴をしただけでもうろうとしていて
私と夫がついた時には話しかけてもほとんどわからなかった記憶がある。

点滴の種類は違うのかもしれないが
長男は、なすがままの状態だった覚えがある。
ストレッチャーに乗せられた夫について
エレベーターに乗り、手術室のある階まで行った。

エレベーターを降りて手術室の前で
「頑張ってねhappy01
と声をかけると
「俺が頑張るんじゃないけどねhappy02
と笑っていた。

いつでも、自分の体調のことで
わたしを不安にさせるような事は言わない夫だった。
心の中では、どんなにか心細くて不安でいっぱいだったろうに・・・

手術室の扉は大きな曇りガラス張りの自動ドアで
その中は、いくつもの手術室に分かれているようだった。
夫はストレッチャーに乗って点滴を腕にされながら
手術室の中へ入り、ガラスの扉は閉められた。

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2010年6月18日 (金)

入院

2007年6月11日入院・・・
この日は9時までに朝食を食べずに行き
病室に入り、荷物整理
夫はいろいろな検査をしていた。

入院に関する書類を提出し
「輸血用血液製剤・血漿分画製剤使用同意書」
にサインをして
検査が終わって面談室で説明を受けた。

そこで、手術の説明が書いてある
「手術同意書」に夫と私でサインをしたpencil

手術・検査の名称・方法
腹腔鏡補助下幽門側胃切除手術(低分化)・リンパ節郭清術
(癒着・出血・副損傷・症状によっては開腹手術への移行あり)
*腹腔鏡下胃切除は、現在の胃癌治療ガイドラインでは
臨床研究とされています。


と書かれている。

ガンがそれほど深くないと思われる
胃の「筋」のところまで達していないピンポイントの図と
早期である事の「早」と言う文字が丸で囲んであった。

あまり上手でない絵で
腹腔鏡の手術の説明には
お腹に穴をあける部分の説明と
7日ほどで退院できる事、1.5倍楽・・・と書かれていた。

開腹のほうの図には開腹する部分の図と
退院までには10日から14日かかる説明があった。

その他に胃を切ってつなげる図と
リンパにとんでいないかを調べる図も書かれていた。
こうなったからには自分達にはもうどうにもできないsweat02
患者は、どんな事があっても運命を医者にゆだるしかないsweat01

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2010年6月16日 (水)

不摂生

2007年6月11日
いよいよ入院の日・・・
朝食をとらずに朝9時までに
病院に来るようにとの事だったhospital

入院の用意は前日までにすませ
車に積んであった。
高速で1時間かかるため
7時半には家を出たrvcardash

こんな時は、もう神頼みしかないsweat02
朝出かける前に神棚と仏壇にお参りしたsign01
この頃には病気とは関係なく
夫は、ほとんど運転をしなかった。

会社へ行くのに駅までの送り迎えを毎日私がして
そこから電車で1時間ほどかけて会社へ通っていた。
自分の運転は土日にたまにする程度になってしまった。
そのうち、いつの間にか二人で出かける時は
当たり前のように先に助手席に座っていた。

私は運転は嫌いなほうではないが
本当に助手席に座る事は他の機会でも少ないsweat02
夫の平日は朝6時半に仕事に出れば
夜は早くて8時、遅いと12時過ぎ・・・

仕事の日もあるが毎日のように飲んできたbeer
飲んできても必ずお風呂に入り
お風呂の中で2時間やそこら寝るのは
日常茶飯事だった。

冬になると、そこに除雪が加わったsnow
夜帰ってきて、いくらか除雪し
朝は4時頃起きて除雪し
又出かける頃には積もってしまうので
再び6時頃除雪したりしていた。

夏場で睡眠時間は5時間程度
冬になると3時間ほどの事も良くあった。
今から思えば
こんな状態で身体を壊さないほうがおかしいbearing

夫の周りは確かに飲み会が多かった。
しかし、他の人達は週に2度ほどであっても
夫は、いろんなグループに顔を突っ込み
全ての飲み会に参加していたから
ほぼ毎日のように飲む状態になっていた。

しかも「長男」「跡取り」「親の面倒を看る」
「家を継ぐ」と言う言葉を
まるで洗脳のように小さい頃からインプットされ
わざわざ雪国に住み
電車で1時間以上かけて仕事に通っていた。

毎日のように飲み、睡眠時間は少なく
趣味は鮎釣りのため、いつも胸まで水に浸かって
身体を冷やしてしまっていた。
そして、除雪でも寒い思いをし、身体はいつも冷えていた。

あとで解ったことだが
ガンは
「睡眠不足」「アルコール」「身体を冷やす」
ことが大好きなのだimpact

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2010年6月13日 (日)

決断

胃ガンの診断がくだり
手術の方法を選ばなければならなかった。

お腹を切って普通に胃を切除する方法をとると
手術は年配の外科の医師がしてくれるらしかった。
お腹を結構切るため、入院が長くなり
当然、日常生活への復帰が遅れるthink

腹腔鏡手術のほうをとると
手術は40歳代の医師になるが
お腹の傷が小さいため
1週間ほどの入院で開腹は早いと言うことだった。

会社のことばかり気にしていた夫は
当然、腹腔鏡手術のほうを選んだ。
たいした事はないと言う診断だったのだから
そうする事に何の疑問もないはずだったcoldsweats02

手術の方法も決まり
2007年5月30日(水)
大腸に転移している可能性もあると言うことで
大腸の検査をした。

前日の食事から気をつけ
朝9時から病院へ行き下剤を飲み
午後には検査が始まった。

幸い、大腸への転移はなかったcoldsweats01
6月12日(火)に手術が決まり
6月11日(月)に入院する事になった。

しかし、この日に済ませてくれれば良いものを
6月8日(金)の午後2時~5時の間に
入院の説明をするから来るように・・・と、言われ
8日にも病院へ行った。

ここまで辿り着くのに5回病院へ行った。
夫は、本当に会社を休まない人だった。
休暇は、冬場、休んでまでも除雪しなければならない事もあるため
ひたすらとっておいた。

でも、結局はそんなに休めるはずもなく
大概は流れてしまった。
そんな人だから休暇の数ばかり数えて
あまり休みたくない・・・と、しきりに言っていた。

病院も、使える日は半日休暇を使ったりしていた。
病院にとっては、相手が仕事をしているとか
病院へ連れてくる人が仕事をしているとか言うのは
全く関係ないことなんだな・・・と、つくづく思ったsad

病気で病院にきているんだから
病院の指定に従って動いて当然・・・
って事なんだな・・・と上から目線を
感じずにはいられなかったshock

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2010年6月11日 (金)

胃カメラ

夫の母の一年忌も
夫の姉妹からの攻撃の中なんとか終わり
その2日後の5月23日(月)
9時から胃カメラの検査に行った。

私のほうは、一緒に行ったのだが
まだ、実感が湧いていなかったthink
人間ドックの検査の結果が何かの間違いで
検査をしたら「何でもありませんでしたgood
って事になるんじゃないか?なんて思っていた。

11時半からはCTの検査をした。
そして、どれほど待たされたかわからなくなった頃
やっと説明を受けた。

結局は、胃ガンだった。
でも、早期発見であり、まだ小さいとの事。

前回と同じように内視鏡で胃カメラを飲むようにして
ガンを切除する事もできなくはないが
表は小さくても深かったりすると大変なので
きちんと手術でとったほうが良いと言う事だった。

手術の方法としては
お腹を切って普通に胃を切除する方法と
腹腔鏡手術と言うのがあるらしく
その手術の方法としては

まずお臍の近傍に1.5cmほどの穴を開け
そこから空気(二酸化炭素)をお腹の中に送り込み膨らませ
同時にその穴から腹腔鏡カメラを挿入します。

テレビモニターで見ながらさらにお臍の周りに5~12mmの穴を4カ所あけ
数本の細長い手術器具を差し込み
お腹の外から操作して胃および付近のリンパ節を切除します。

その後、剣状突起のやや下方に5~7cmの傷口をあけ
そこから切除した胃を外に取り出し
残った胃と十二指腸を吻合します。


と、あるが、夫のお腹の傷は3ヶ所だったので
いろいろなやり方があるのかもしれない。

で、そのどちらを選ぶかによって
担当の医師が決まってくる。
今から思えば、この時の選択を変えていたら
もしかしたら、もっと違う方向へ動いたのかもしれないshock

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2010年6月 9日 (水)

一年忌

2007年5月24日(木)
胃ガンの疑いを宣告されてから5日後
夫と私は紹介状を書いてもらった大学病院に行ったhospital

とりあえず、今後の方向性を決める事となった。
まずは、検査をし、それによっての手術・・・
そんな中、まだ私はガンだと言うことを信じてなかった。

夫の会社の手帳には、予定がびっしりと書いてあったが
大学病院の日の予定は全てキャンセルする事となった。
その日は、医師との話だけ
次の日の9時30分に麻酔科の予定を入れた。

あとになっても何回も思った事だが
とにかく何回も病院に行く・・・
「いっぺんに済ませてくれたら良いのにdespair
と思うが、毎日だろうとかまわず・・・だ。

前の日の説明のあとに、やってくれたら良いのに・・・
と思うことも、とにかく一日別の日にとるpout

そんな中5月24日(土)には夫の母の一年忌だった。
とにかく、母が亡くなってからは大揺れの我が家だったsweat02
夫の姉妹は、以前も書いたが姉が3人、妹が1人の4人・・・
母が亡くなってから3番目の姉を抜かして全てが敵に回ったbearing

原因は、亡くなった母が娘達にかわいがってもらいたくて
私に大事にされていない・・・とか、ひどい仕打ちをされているとか
ある事は、ねじ曲げられて話し
ない事は身に覚えのない事まで話して亡くなったから。

悲しいもので、嫁の話は信じてもらえるはずもなく
一気に鬼嫁と化したweep
3番目の姉だけが、内容を解ってくれ私の側についてくれたが
今度は、その姉の悪口を言ったり、何かの時には、のけ者にしたり・・・

私的には、25年間、おしんのようだ・・・と言われながら過ごし
母が亡くなったら、ねぎらいの言葉の一つもかけてもらえると信じて
なんとか頑張ってきたのに、情けないやら悲しいやらで
いったい今までの人生なんだったんじゃいangry
私の青春を返せ
punch

と、思わずにはいられなかった。
夫も、自分の姉妹ながらあきれて
「みんな、ひどいなshock
と、嘆いていた。

こんな事も胃ガンの引き金になったんじゃないか?
とは、思っているbomb

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2010年6月 7日 (月)

私の時には・・・

2007年5月21日(土)は夫の母親の1年忌・・・

自分の母親の1年忌と言うこともあって
夫は準備に余念がないsweat02
しかも「あれはやったか?」
「これは、どうした?」

と、やたら私を使いまくっていた。

私は母親が共働きだったため母親の代わりに祖母に育てられた。
25年ほど前に、その祖母が亡くなり
「1年忌をするのでお願いしますm(_ _)m」
と実家の母親が電話をよこした事があった。

私を1年忌に出席させるために帰してください・・・
と言う意味だdash

夫の母親は電話を受けてから
すこぶる機嫌が悪かったdown
私が長女を部屋で寝かしつけていると
いきなり電話をかけ始めたtelephone

どうやら娘にかけているようだ。
古い家なので丸聞こえなのだが
私がいないと思っているらしく
あらゆる事を話しているweep

どうやら、毎年夏休みに夫の姉妹の子供達を預かるのに
私の実家の母親が私を実家に帰してほしい
と電話してきたのが気に入らないらしいsweat01
私がいないと食事から送り迎えから全てに困るからだ。

しかも、毎年入れ替わり立ち替わり
毎日5人~10人は泊まっていた。
夫の母は、電話でものすごくエキサイトし
どなりまくっていたthunder

その頃の夏休みの、私の子供達は・・・と言うと
少し歳が離れていて、遊ぶのに足手まといになるため
邪魔にされて、私の実家に預けられて
子供がいない状態で義姉妹の子供達の面倒をみてきた。

で、こんな忙しい時に祖母の1年忌に出ることは
とんでもないことだ・・・と、電話でまくしたてているsad
私は・・・と言うと、私が留守だと思ってしゃべっている電話の最中に
長女が目を覚まして泣かないことを祈るしかなかったcrying

「私は育ての親の1年忌に、こんな思いをしたんですよpunch
と、心の中では思いながら、私も準備に追われていた。
夫は会社では、毎日会議に明け暮れ
その合間を縫って5月24日(木)に
初めて大学病院に出かけた。

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2010年6月 5日 (土)

胃ガン

2007年5月19日(土)、8時30分予約。
人間ドックを受けた病院からの呼び出しに
夫は一人で出かけたrvcardash

私は忙しくもなかったが
夫婦が一緒に出かけるというライフスタイルがなかった。

出かける時には夫と夫の母親。
私と夫の母親、もしくは3人で・・・
子供がいても、夫と私の組み合わせは
結婚してから数えるくらいしかなかったdespair

理由は単に、夫の母親がヤキモチ焼きで
二人だけで出かけると帰ってきてからが大変だったから・・・
どうしても二人で出かけたい時は
別々の車で出かけて、現地集合、現地解散
出かける時間も、帰る時間も微妙にずらした。

夫の母親は、自分の夫(つまり夫の父親)を
40代後半で亡くした。
娘が4人いるが、一人が父親がいるところへ嫁ぎ
あとの3人は夫婦だけの生活をしていた。

私が嫁いで10年ほどは、娘達のところへ泊まり歩いていたが
娘のほうも、子供が大きくなると家に呼ばなくなったgawk
なんでも3日一緒にいれば限界だから・・・と言うことらしい。
それじゃあ、私はどうなるのだsign02

そんな訳で、夫の母親が亡くなってからも
二人きりの生活にはリハビリが必要で
二人で出かけられる・・・と言うことに
気づいていない時が多かった。

この日も、後になったら
ついていってあげれば良かったのに・・・
と、思った記憶があるsweat01

午前中に帰ってきた夫は
「ヤバイよ・・・胃ガンみたいだ」
と、言いながらカバンを置いた。

「胃ガン?それでどうなるの?」
「手術するんだけど、病院を考えてくれって言われた。
大きい病院で、ステッピーの実家も近いから
大学病院にしようかと思って・・・」


どうやら、検査の結果、胃ガンになっていた。
胃ガンは、まだ小さくて指の先ほど・・・
とかの説明だったらしい。

場合によっては、内視鏡で胃カメラを飲むようにして
ガンを切除できるらしいのだが
表は小さくても深かったりすると大変なので
きちんと手術でとったほうが良いと言うことらしい。

で、病院を考えるのに
手術をたくさん経験しているところを教えてもらって
その中で、大学病院なら・・・と、診断した。
自宅からは車で高速に乗って1時間ほど。

紹介状を書いてもらって5月24日(木)に行く事になった。

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2010年6月 4日 (金)

始まりは・・・

久々の更新にもかかわらず
さっそく、コメントいただき
ありがとうございますconfident

なかなか、コメントへのお返事も書けないのですが
こんなにお休みしていてもステッピーの事を忘れずに
励ましのコメントをいただき
本当に感動してしまいますshine

今日は、夫の病気の始まりから書いてみようかと思います。

2007年5月11日(金)
夫は会社が費用を負担してくれる
人間ドックに1泊2日で出かけて行ったrvcardash

毎年の事で、宿泊してプールに入ったり
ご馳走を食べたりして
仲間と一緒に人間ドックに行ってきたhospital

5月下旬には、前の年に亡くなった夫の母の1年忌が控えていた。

夫の母とは25年間同居し
辛い事が多い日々を過ごし
夫とは夫婦らしく過ごした事もなく
お手伝いさんのような毎日だったsweat01

夫には姉が3人、妹が1人いて
男は夫一人なため嫁も私一人きり・・・
土日は1年忌の準備に追われていて
人間ドックから帰った夫は忙しく準備に追われていた。

人間ドックの結果は、郵送されてくるのだが
毎年そんなに早くは手元にこないはず・・・
でも、この年のドックは違ったbearing
夫のところに電話がきたtelephone

人間ドックをして1週間後の19日(土)に
病院のほうへ来るように・・・との事だったsweat02

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2010年6月 3日 (木)

お久しぶりです

ずいぶん長いことブログを休んでしまいましたdown

時々・・・毎日・・・来てくれていた人、どうもありがとうcoldsweats01
なんとく、少しづつ亡くなったオヤジの事
書いていこうかなぁ~・・・
なんて思い始めて・・

でも、途中で挫折するかもしれないsweat02
ブログを書き始めても
来てくれた人のところには
なかなか行けないかもしれないsad

行っても、以前みたいにコメントまでは
できないかもしれないsweat01
そしたら「ごめんなさいbearing

オヤジ・・・ってのも、初めて来た人は
誰の事だか解らないかもしれないので
旦那・・・夫・・・にしようかなぁ~confident

文章の中で、時々オヤジになっていたら
「やっちまったなsmile
って思って、笑ってやってくださいdash

(キャ~・・・こんな呼び方した事ないから照れるsweat01
が亡くなってから
早くも4ヶ月が経ってしまいましたcoldsweats02

そんな間にいろんな感情が芽生えるもので
馬鹿みたいに思い出して
ふさぎ込んでみたり・・・

夫は、外で飲んでばかりいて
ロクに家で食事もしないような人だったから
もしかしたら、外で飲んでいて
帰ってこないだけなんじゃないか?
なんて錯覚したり・・・

「もしかしたら、そんな人いなかったんじゃないか?」
「ずっと、一人ぼっちだったんじゃないか?」
なんて思ってみたり・・・

そんな毎日を送っていますdespair

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