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2010年7月

2010年7月29日 (木)

原因は・・・

手術して2ヶ月たった8月・・・
夫は食事をする度に苦しむようになった。

どんなふうに苦しいのか?と聞いても
「お腹が痛い」
とか
「動悸がする」
とか
「だるい」
とか言いながら、冷や汗をかいて
ソファーやベッドの上でころげ回っていたsweat01

時には、七転八倒するほど苦しんでいて
見ているほうが恐ろしかったbearing
しばらくすると治まるらしく
30分ほど苦しむと何でもなかったように平然としていた。

食事をとらなければ何でもないのに
食事をしたあと、何回かに1回はそんな事になる。
家ではまだ良いが、会社でなっては困ると
会社で食べる事を控えめにしていた。

病院に電話をしても
主治医は、なかなかつかまらなかったweep
やっと、つかまって症状を話しても
「それは、術後は、しかたのない事ですthink
と言われて、不安がつのるだけだった。

私がインターネットで調べて
似たような症状のものを見つけた。
それを夫に読み上げると
まさに、そのものズバリだった。

それは「ダンピング症候群」と言うものだった。
術後に起こりやすい後遺症・・・と言う事で

おなら、疲れ、やせ、ダンピング症候群、下痢、つかえなど
逆流性食道炎、腸閉塞、栄養障害
骨量の減少や骨粗しょう症などもよくみられます・・・

と、書いてあり、その中のダンピング症候群の部分が
夫の症状そのものだった。

ダンピングとは墜落するという意味で
食物が胃にとどまらずに
急速に腸まで落ちてしまうことを表しています。

胃の中で撹拌され
少しずつ腸に送り出されていた食物が
胃切除後は、未消化のまま一度に腸に流れ込むために
血糖値の変動や各種ホルモン分泌などによって
不快な諸症状が起こる。


と、書いてあった。

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2010年7月27日 (火)

食べる事

退院してから2回目の診察までは
ほぼ1ヶ月・・・

その間、夫は以前と同じように会社へ行き
送別会やら、その他の飲み会も
お酒は飲まないがけ出席し

唯一の趣味である鮎釣りはできないが
その人達が釣りに行って帰ってくると
集まって飲んだりする席にも
はやり、お酒は飲まないが出席した。

その間も村の役員として
人足、祭りの準備から祭りの参加
後片付けも全て以前と同じようにこなしたsweat02

私からしてみると
「そんなに無理しなくて良いよ」
と、誰も言ってくれないのか?
と不満だったsweat01

でも、言われても
夫が無理をしただけだったのかもしれないのだが・・・
2007年8月10日(金)
午後から休んで病院に診察に行った。

やはり頭の中には
冬場に除雪で休まなければならないと言う事があるせいか
こういう時も1日休みをとる事はしなかった。

診察に行くと医師からは
「何でも食べてみてますか?」
と聞かれるので
まだ刺激物や、消化の悪いものは食べてないと伝えると
良く噛めば大丈夫だから
少しづつ食べられるものを増やすように言われたとの事coldsweats02

「うどん」や「そば」も良いとの事で
私がインターネットで調べたのとは大分違っていて
だんだんラーメンも・・・みたいな事も言われたようだったdash

インターネットでは
大事に大事に1回の量を少しづつ何食もに分けて食べ
麺類が食べられるようになるのは
術後ずいぶん経ってから・・・とあったのだが
夫からしてみると主治医の話が全てだった。

もともと、職場でも
昼食を何回かに分けて食べるようにはできない
と言う事で、良く噛んではいたが
普通の食事のスタイルになってしまっていた。

お盆の準備やら、お盆当日も休暇をとって
役員として朝から動き回り
いつもの年よりも張り切っている姿は
元気な事をアピールするように思えてならなかった。

この頃から、食後に急に具合が悪くなるようになった。
食べないと何でもないのだが
食べた直後から苦しみ出して
いろいろな症状を訴えるようになった。

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2010年7月24日 (土)

退院後初めての診察まで・・・

退院の翌日、半日会社へ行った夫は
その次の日からは普通に会社へ行った。
普通と言っても、片道1時間かけて
車で私が往復した。

送って行ってから会社が終わるまで9時間余り・・・
長いからと行って帰ってきて、又迎えに行ったのでは
2往復になってしまい
4時間も運転していなければならないので
夫の会社から30分余りの私の実家で時間をつぶした。

お昼はコンビニでおにぎりを買った。
だいたい梅のおにぎりを1個と言うのが日課になった。

昔から、飲み会にお金を使うので
お昼代を節約させようと思って
お弁当と言う案を出した事があったが
会社でお弁当を食べるのが恥ずかしいらしく
1回も持って行ったことがなかった。

変なところにこだわる夫だった。
格好もとても気にしていた。
真冬のどんな寒い時も
スーツでワイシャツの下は半袖シャツ1枚
スラックスの下にはタイツも履かない人だった。

せめて、貼るカイロでもしてあげようと提案しても
絶対に言う事をきかなかった。
ガンが再発するまでは、このスタイルを通していた。

会社では仕事が終わってからの誘い以外は
全て今まで通りにこなしたようだった。
夫の会社の手帳には、会議やら出張やら
仕事の予定がびっしり書いてあった。

もちろん帰りの車の中はぐったりしていたが
会社ではそんなそぶりは見せなかったに違いない。
住んでいる土地では、こんな年に限って役員をしていた。

「退院したばかりだから、しばらく休ませてもらいなよ」
と提案したが言う事を聞くはずもなく
村の会議や薬剤散布も出ていった。

姿をみせなければ、あてにしないものを
会社も村の仕事も出て行くから周りの人達は
心配する言葉はかけてくれるものの
顔を出していれば、使うことに容赦はなかった。

と、言うよりも、外見は多少痩せたものの
そんなに変わっていないから
一緒にいるうちに忘れてしまうのだろう・・・

相変わらず、他人の前では
辛い様子をみせなかったからsweat01

2007年7月6日(金)
退院後の初めての診察で病院へ行った。
そこまで2週間と少し・・・
病院では、特に問題もないと言う事で
順調な回復の太鼓判を押された。

土日があけると
夫は今までと何も変わらなかったように
駅まで車で送ると、そこから電車に乗り
降りた駅から15分かけて
会社に一人で行くようになった。

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2010年7月22日 (木)

会社へ

2007年6月20日(水)・・・退院の次の日
会社へ行くと言う夫を車に乗せ
7時に家を出たrvcardash

いつもは車で10分くらいの駅まで行き
そこから、電車で30分
会社のある駅から会社まで歩いて15分
合計1時間ほどかけて会社に行っているのだが
何と言っても私の前では腰が伸びないsweat01

会社に行けば、又強がってシャンとして歩くのだろうが
とにかく傷もまだ痛むようだ。
それでも行くと言ってきかないから
高速で1時間かけて送り迎えをする事となったsweat02

会社の前で車から降ろすと
さっそく腰を立て直してシャキンとなった。
スーツを来て大股で歩いていく姿は
とても術後とは思えない。

今日は午前中だけ・・・と言う約束なので
お昼に迎えに行く事にして
私は実家で待機することとなった。

会社から実家までは30分ほど。
これから、しばらくはこんな生活なのだろうか?
と思った。

結婚してから25年間は義母がいて
最初の10年間は商売をしていた。
商売も苦手なものだったが、いつの間にか全て任され
義母は手がかかる人だったので
とても夫の面倒をみられる状態ではなかった。

子供も3人になり、夫と二人でどころか
普通に一緒にいられる事もほとんどなかった。
今回の事は商売を辞めてから、しばらくして私がパートに出て
10年ほど働き、辞めたばかりの事だった。

子供達3人はすでに家を離れていたし
幸い義母もいなくなり、私も仕事をしていなかったので
初めて夫にかかりきりになる事ができたのが
こんな事だなんて・・・と思ったshock

夫は午前中、退院の挨拶をしたり
部下の異動の確認をしたりしたらしかった。
お昼頃迎えに行ったが、なかなか会社から出てこなかった。

会社の人達も心配してくれたり気遣ってくれたりしても
結局顔を見れば仕事の事を聞いたりもするし
頼りにもされたりする。
そんなで、なかなか帰れなかったらしい。

やっと車に乗り込んできた夫は
他の人の前で無理しすぎたせいか
蒼い顔でぐったりしていた。

手術をして、前日まで病院のベッドにいたのだから
無理もないと思った。
「みんな、びっくりしてたよcoldsweats01
と、又得意そうに言って会社での様子を話してきかせた。

そして、次の日からは1日行くと言いはっていた。
ここで、又言い争いになったが
結局は自分のやりたい事を押し通すdown

「駅まで送ってくれれば自分で電車に乗って行くから良い」
とは言うものの、今までの流れからして
そういうできもしない事を言えば
見捨てる事ができない私が
面倒をみるのがわかりきっているのだannoy

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2010年7月19日 (月)

イラッ・・・

退院当日・・・
医師の診察と栄養相談を受けてから退院
・・・と言う予定で呼ばれるまて病室で待機。

待っていると看護師さんがきて
診察と栄養相談が午後になるとのこと。
帰りじたく満々の夫はがっかりして
ベッドの上に寝転んだsweat02

バッグ一つをベッドの上に置き靴を履いて
まるで旅行者がホテルを出る時のように
準備を整えて呼び出しを待っていたのだdown

私のほうは・・・と言うと不安でいっぱいだった。
食事の事、会社の事
気むずかしい義姉妹の事・・・
夫の病気の連絡はしていないが、いつか解ってしまうだろうsweat01

とりあえず、退院の日の昼食は頼んでいなかった。
夫が食べられるものは何だろう?
看護師さんが、来た時に聞いてみたが
食堂にあるものは、まず無理だと思った。

仕方ないので、梅のおにぎりを良くかんで食べる事にした。
まだ、おかゆ程度しか食べられないのだが
こんなにも会社へ行く気満々では
これから先のお昼が困ると思った。

インターネットで調べて
一般的な、とりあえずの食事の事は解っていた。
一度にあまり量は食べられないので
少しづつこまめに食べる。

胃の消化能力が落ちているので
良く噛んでから飲み込む。
ゆっくり食べる。
食べてすぐ横にならない。

繊維の多いもの、刺激物
脂っこいものは避ける。
柔らかく煮たりして食べる。
等々・・・あらゆる方向から調べてプリントアウトした。

ここから2年後の再発の際には
食事療法をする事になるのだが
食事の内容については
この時とは方向性が違う事になる。

午後2時頃から医師の診察を受け
退院後の注意等を聞き
次の診察の予定を決め
栄養相談に回された。

医師の話も
インターネットで調べたのとは少し違っていた。
案外、食べ方しだいで
なんでも食べて良いとの説明だった。

私が調べたものでは
消化の悪いもの、辛い物など刺激物
アルコールはダメだったのに
良く噛んで食べれば、そういうものも大丈夫だった。

夫は、アルコールもオッケー
と言われて喜んでいたが
ここは譲れないから
病院を出たらしっかり釘をさそうと思った。

そのあとの栄養相談も、大変貧弱なものだった。
インターネットのほうがはるかに情報がある。

おっとりとして癒し系の女性の方が
ゆっくりした口調で栄養相談をしてくれたのだが
わかりきっているような事しか言わず
話し方がゆっくりなせいで
内容もたいしてないのに時間ばかりが過ぎた。

夫はあまり女性に興味がないのだが
それでも、こういう時の癒し系の女性は良いのかな?
と思いながらも、私の方は気が短いので
少々イラッときていた。

が・・・栄養相談が終わって部屋から出たら
夫のほうは、もっとイラッとしていたcoldsweats02
早く退院したかったのに午後にまで延ばされ
医師からの話もたいしたことはなく
栄養相談もくだらなく・・・

「あんな話、ステッピーがインターネットで調べて
俺に話してくれた事よりも内容がないじゃんpout
それなのに、こんな時間まで待たされて・・・」

と、癒し系だから男性は許せるものではないらしいsweat02

そこから会計を済ませて病院を出たのは
すでに4時を回っていた。
前もって「健康保険限度額適用認定」の申請をしておいたが
それでも、結構な金額だった。

病院を出て、私の実家に挨拶をして
自宅に戻ったのはすでに夕方の6時を過ぎていた。
家に帰って、子供達に退院の連絡をし
唯一親交のある義姉のところにも電話をした。

この日は野菜を煮たものとおかゆで食事を済ませて
早めに休んだ。
夫は翌日会社へ行くと言うので私ともめたが
午前中だけ挨拶に行くと言うことで折り合いをつけた。

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2010年7月15日 (木)

早くも退院

2007年6月18日(月)
入院7日目、手術6日目・・・
検査の結果、次の日に退院して良いとのこと。
腹腔鏡とはいえ、お腹を切って胃を3分の2も切除したのに
たったの1週間で退院ができるなんて・・・

夫はとても喜んでいた。
そして、さっそく会社へ行く話をしていた。
「退院して1週間くらいは家で休まないとねsweat01
と言ってみたが言うことを聞きそうもなかった。

この日も、お見舞いの人が12人ほどきた。
退院の日には会社の一般職の人事異動があるらしく
入院している間も、その事について
携帯に次々と電話がかかってきていたようだった。

夫が入院している階は幸い携帯電話を使って良い階だったので
不便はなかったが、それでもバイブにしていたので
着信を確認してから、かけ直す事が多く
廊下へ出て隅のほうで小声で話していた。

入院の間に30人以上の人にお見舞いに来てもらったり
お見舞いを預かってきた人が20人ほどいたので
お返しの心配もしていた。
相変わらず、心配して口を出すだけで動くのは全て私だったthink

2007年6月19日(火)
入院8日目、手術7日目・・・退院当日

朝、病室に行ってみると、すでに荷物をまとめ始めていた。
もともと、てきぱきとするほうではないところに
体が思うように動けないので
私から言わせてもらえば、ベッドの上に散らかしただけだった。

私が来るまで待っていれば良いのに
カバンに詰めたりするのに、やり直す事ばかりで
余計に手がかかってしまったshock

血液検査等をして異常がなかったので
医師の診察をしたあと
栄養相談を受けて退院と言うことだった。

まとめた荷物は貴重品の入ったバッグだけ残して
私が車まで何往復かして積み込んだ。
たった1週間の入院でも不自由のないようにしたので
荷物はとても増えてしまっていた。

医師の診察も、とても待たされた。
病室で
「診察はまだかな?」
と、首を長くして待つ夫。

まるで子供のようにそわそわしていた。
見た目にはお腹に穴を開けたところに絆創膏をはってあるだけで
洋服を着てしまえば多少前かがみで歩く感じではあるが
「いくらか体調の悪そうなおじさん」・・・くらいには回復していた。

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2010年7月13日 (火)

回復

手術して2日目からは水が飲めるようになり
3日目からは重湯が出た。
夫はつまらなそうにしていたが
どっちみち食欲もなさそうだったsweat01

食事は、あっと言う間に
重湯の中にご飯が混ざり始め
少しづつゼリーなどが加わるようになった。
まるで離乳食のようだった。

回復は順調で歩くのも少しづつ腰が伸びるようになり
相変わらず私の前と他の人の前での
ギャップは激しかったが
点滴の棒につかまると言うよりは
棒を押しながら歩けるようになってきた。

4日目になると会社の人達が見舞いに来てくれるようになった。
5日目に私が実家から病院に行ってみると
部屋にいなかった。

探してみると談話室で
7~8人くらいの会社の人達に囲まれて
話をしていた。

とりあえず、談話室へ行き挨拶をした。
私も4年だけだったが会社にいたので
知り合いもいるはずなのだが
変貌激しく解らない人もけっこういたcoldsweats01

病室に帰ってくると
「みんなが、俺が普通に歩いたりしてるもんで
びっくりしていたよhappy01

と、私に得意そうに話して聞かせた。

そりゃあ、みんなの前では頑張ってるもの
そうだろうよ・・・
と思って聞いていたbleah

6日目には会社の時に
グループ交際のようにしていたもう一組で
そちらも結婚した二人も来てくれたのだが
残念な事に私はタイミングが悪く会えなかったweep

結婚してからほとんど会うこともなかったので残念だった。
この日はやっと長男が顔を出した。
でも、次男は夫と折り合いが悪くなっていたので
結局顔を出す事はなかったthink

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2010年7月 9日 (金)

強がり

「こんなに痛くちゃ歩けないよ・・・」
と、言いながらも点滴棒につかまりながら
腰を曲げた状態で、なんとか歩こうとする。

額から、やたらと汗が噴き出していた。
少し歩いてベッドに戻るとぐったりしていた。
「そんなに無理しなくても良いんじゃないの?」
と言ってみたが、やっぱり言う事はきかなかった。

努力とか根性とか言われながら育った時代だ。
私が逆の立場でも同じかもしれないsweat01
看護師さんに声をかけられると
痛くもなんともないような顔をしていたdash

さっきまで、半ベソだったくせに・・・
と、思った。

疲れて眠ったようだったから昼食をとるために病室を出た。
以前、私が入院した時には
洗濯物にも困るほど誰も来てくれなかったのに
「こんなに毎日来てもらえるなんて、ありがたいと思えよthink
と、思った。

やっと水分をとることだけが許されて
まだ何も食べられない夫が目を覚ましたら
かわいそうだと思ったから、病室に持ち込まないで
売店でパンを買って持ち込んで食事ができるところで食べた。

食べ終わって病室に戻ると
病室の前の廊下で点滴棒につかまりながら
情けない顔をして夫が立っていた。

「どうしたん?」
と聞くと
「どこへ行ってたんだよangry
と、凄く不機嫌になっていた。

私だって、お昼くらい食べさせてよ・・・と思いながら
「何か用だった?
さっき寝てたみたいだったから売店まで行ってきたんだよ」
と言うと「何が用だったか忘れちゃったよshock
と言いながらベッドに戻って行った。

もう、こうなると小さい子供状態だ。
「ママどこ?」
と探してばかりいて、いたからと言って用事はないのだ。
手術2日目・・・義姉夫婦と娘がきた。
人がくると又痛くないような顔をして話をしていた。

「今はすごいね。
次の日には、こんなになるんだもんねhappy01

と義姉が言っていたが「私一人になると違うんです」
と、心の中でつぶやいていたbleah

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2010年7月 7日 (水)

癒着

娘も帰り夫もうとうとし始めたので
「私も帰るよ」
と言うと、少し目を開けて
「明日、何時頃来る?」
と聞くので
「なるべく早めに来るよ」
と、言って帰ってきた。

10時を回り、駐車場にはほとんど車もなかったrvcar
面会時間は7時までだから
こんな時間までいるのは
よっほどの患者の身内くらいだろう・・・

駐車料金は最大の料金で600円だった。
病院から500メートルくらいしか離れていない実家に泊まるのだから
明日は、弟の自転車を借りてこようと思った。

次の日の朝、私も疲れていたが
気がたっていたせいか早めに目が覚めた。
でも、なかなか病院に行く気がしなかった。

一晩たって、どんなふうになっているのかを
見るのが怖かったsweat02
それでも、9時に着くように病院へ行った。

夫は、立ちあがっていたwobbly
「何したの?起きたらダメなんじゃないの?」
と言うと顔をゆがめながら汗びっしょりになって
「今日から歩くんだってさ。
動かないでいると内蔵が癒着するから」

と言いながら点滴の棒につかまっていた。

開腹手術をすると
内臓が空気に触れるため癒着しやすくなるので
それを軽減するために歩くのだそうだ。

私が30年ほど前に盲腸の手術をした時とは
ずいぶん考え方が違うんだ・・・と思った。
盲腸の時の事はコチラ(←良かったらクリックして読んでね)
私の時は、絶対動いちゃいけないって言ったのに・・・

盲腸でさえ動くな・・・と言う時代だったのに
いくら腹腔鏡の手術で
そんなには切っていないとは言え、もう歩くなんてsweat01

それじゃあ、私の内臓なんて、どんだけ癒着してるんだ?
などと思ったが、私は看護師さんの言う事も聞かないで
術後すぐに歩いてしまったのだから
今の時代の考え方からすると正解なのか?
とか、余計なことをやたら考えていた。

夫は、前日よりは
体についている管やらコードやらは少なくなっているようだった。
「遅かったじゃない?」
と言うので
「いろいろ、する事もあるんだよ」
と言ってみた。

他の人になかなかわがままを言えない夫は
ナースコールが苦手だった。
私が行くと、とたんに
新聞買ってきて
熱があるんだけど
枕が・・・
ときりもなく、いろんな要求が始まった。

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2010年7月 5日 (月)

成功?

医師が言う
「手術は成功しました」
と言うのは患者側がとらえることとは
違う事もあるのだと思う。

患者や、その家族は
「手術は成功」=治る
と、どうしても考えたいのだが

医師が言う
「手術は成功」=技術的に成功
と言う意味なんだな・・・と
後になって思った。

でも「手術は成功」
って言う事は
手術は成功したのだが他の部分では・・・
と、とらえられなくもない。

だから「手術は成功」であって
「手術が成功」ではないのかもしれない。

医師から説明を受けて病室に戻ると
夫が
「先生なんだって?」
と聞いてきた。

「手術は成功したってよ。
で、リンパにも血液にもガン細胞はないし
切った胃も見せてもらったけど
その切った部分のどこの端からも
ガン細胞がみつからないから
ガンはとりきれたんじゃないかな?」

と説明した。

なんとなく不安は残るものの
自分たちには、どうする事もできないのだ。
これから先は、転移などしないように
気をつけて生きていくしかないのだ。

夫は
「そうかぁ~・・・良かったhappy01
と深呼吸したようだった。

義姉夫婦は、夫の顔も見たし
私が戻ってきたので帰って行った。
夜になったら娘がきた。

なんと言っても娘には弱い夫だ。
痛いのを我慢して、普通に話そうとする。
強がって、少しでも元気に見せようとしていた。

看護師さんが通りがかりにのぞいて
「あまり話をすると疲れますから
ほどほどに・・・」

と、言って行った。

帰る娘をエレベーターまで送って行くと
「お父さん本当に大丈夫なんかい?」
と涙ぐんでいた。

私と似ていて、人に弱みを見せたがらない娘だ。
甘える事が下手なところまで似ている。
私の前でも、今にも泣きそうなのを我慢していたのだと思う。
きっと、エレベーターに乗ったら泣き出したんだろうな・・・
と、思ったらかわいそうになった。

一緒に住んでいる私は夫の変化は毎日見ていたが
娘は数ヶ月に1回顔を合わせるくらいだった。
他の人から見たら手術の前には、すでに体重も減り、白髪が増え
ますます歳をとってみえるようになっていたのだと思う。

そして手術をして弱々しい老人のようになって
ベッドに横たわっていた夫をみて
心配になってしまったのだと思う。

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2010年7月 2日 (金)

進行胃ガン

手術が終わり、夫もとりあえず病室の
自分のベッドで休める状態になった頃
看護師さんが私を呼びにきた。

「医師のほうから奥様に説明があるそうです」
と言う事で説明を受けるための部屋へ呼ばれた。
医師と看護師さんと私・・・

医師のほうから
「手術は成功しましたconfident
と言われて、胃の切除の説明があった。

Photo_5

夫の胃の切除は左から2番目の幽門側胃切除になるらしい・・・
「これが、ご主人の胃です」
と言われて10センチ~15センチほどの
ピンク色をした四角くて薄いものを見せられた。

えっ・・・この四角いのが胃なの?eye
どうやら切り取った胃を開いて四角くしてあるようだった。
真ん中あたりに1センチくらいの、おできのようなものができていた。
医師はそれをさして
「これがガンですdownwardright

ガンってこんなに小さいの?
と思ったが医師の説明によると
横に広がるのではなくて下に潜っていく(浸潤)タイプらしく
表面にはあまり出ていないが深く浸潤していて
胃壁の外に出ていると大変な事になると言う説明だった。

Photo_4

たぶん上の図で言うと
「隆起型Ⅰ」か「表面隆起型Ⅱa」なんじゃないかと思う・・・

Photo_6

がんが固有筋層より深いところに及ぶものは「進行胃ガン」と言う。
説明からはピンクの層→ブルー→グリーン→黄色→茶色と浸潤して
その外側まで行っている可能性がある・・・と言うふうに理解した。
と言うことは早期発見なんかじゃないのだ。

でも切り取った胃の端の部分の全てにガン細胞がないこと。
近くのリンパにも転移はないのでリンパ節の転移はないと言うこと。
血液の中にもガン細胞はみつからないので大丈夫と言うこと。
他の臓器にも今のところ転移はないと言うこと。
の説明もあった。

その時は説明はなかったが、インターネットで調べてみた。

胃がんの病期(ステージ)
胃がんの進み具合のことを病期(ステージ)といいます。
がんが胃の壁のどの深さまで達しているか
リンパ節にどの程度転移しているか
肝臓や他の臓器など遠くへ転移しているかなどを総合してきめます。


腫瘍の進行度(T)
T1 胃の粘膜、粘膜下層
T2 胃の固有筋層から漿膜下層まで
T3 漿膜下層を越えて胃の外側に出ている
T4 胃の外側に出ていて他の臓器にもがんが及んでいる。

リンパ節転移(N)
N0 リンパ節転移がない
N1 胃の近くのリンパ節に転移がある
N2 胃の周囲の血管に沿ったリンパ節に転移がある
N3 遠くのリンパ節に転移がある

遠隔転移(M)
M0 遠隔転移がない
M1 遠隔転移がある(肺・肝・骨・脳・腹膜など)

医師の話から総合すると夫の状態は
腫瘍の進行度(T)はT2又はT3も疑わしい。
リンパ節転移(N)はN0。
遠隔転移(M)はM0。

と言う事だったのだと思う。
でも、素人の私からすると
手術が成功し、他の部分に転移もなく
リンパや血液からもガン細胞がないと言う事は
これで安心としか思えなかった。

今は胃ガンは治る病気。
これから健康を手に入れられる・・・と言うことを
信じて疑わなかった。

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