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2010年10月

2010年10月31日 (日)

TS-1ストップ

日本で唯一腹膜の手術ができる・・・
と言う「神の手」を持つ医師を
紹介してくれるサイトに出会い
そのサポートをしている人とメールでやりとりが始まった。

最終的には病気の相談をするのではなく
あくまでも腹膜の手術をしたい人に
橋渡しをしている人なのだか
不安に思ってメールをすると
きちんと丁寧に返事をくれた。

夫は2009年4月16日から

ガンの治療薬であるTS-1を飲み始め
22日から入院し

23日に点滴の抗癌剤を入れる予定だった。

入院当日の肝機能の検査で
異常な数値が出てしまい

とりあえず点滴の抗がん剤は中止になってしまった。

TS-1の服用も24日からストップした。

医師の話によると
考えられる事は

TS-1の副作用、又は他の原因として
ウイルスや胆管閉塞・・・との事だった。

もしもTS-1の副作用の場合は
TS-1は使用不可との説明だった。

その場合は、肝障害の軽快を待って
他の薬に変更するかもしれないと言われた。

ウイルスであるかどうか
血液の検査をし
その結果待ちで方向性が決まるようだった。

サポートの方へも状況を報告した。
メールの返事には・・・

予定されていた点滴の抗癌剤は
実施する以前の肝機能低下なので
肝機能の値とは無関係ではあるが
シスプラチンではないか?

TS-1単剤の副作用で
肝機能が低下する可能性もゼロではないが

TS-1が原因での
肝機能低下と言うのは

それこそ稀の中の稀と言えるので

TS-1の副作用では無いのではないか?
と言う事が書かれていた。

医師の説明よりも
はるかにわかりやすく、適切な事が書かれていた。
こちらが不安に思っている事も
数をこなしているせいか全てわかっているようだった。

そういえば肝機能の値は
TS-1を投与する以前から少し高かった。

膵管と胆管は
十二指腸への開口部(十二指腸乳頭)で合流して
共通管という1本の管になっているらしいのだが

CTで検査したところ
胆管も膵管も閉塞しているようなところはなかった。

かえって他の人では何㎜かの太さしかないものが
1㎝以上の太さもあるので

(これは、胃ガンの手術前は普通だったらしい)

閉塞しているとは考えにくいと言う事だった。

あとは十二指腸に入るところに

石が詰まっているか
腫瘍ができているか・・・

検査としては

27日にMRI、28日に内視鏡(ERCP)を飲み
胃のほうから周り込んで

胆管と合流しているあたりを調べてみると言う説明だった。

夫は、痩せてきてはいるものの

元気で、食事も食べられたため

ゲップやガスが出てしまえば
胃のあたりがすっきりするらしかった。

食べたあとに
いつまでも胃がムカムカする事もあるようだったが

痛いところもなく普通に動けるため
入院生活は、たいくつであったようだった。

TS-1の服用を止めてみたところ

「気のせいかもしれないけど

だるさが軽減されたように思うよhappy01
と笑っていた。

最初の胃の手術をした後に

ドレンがささっていた場所のしこりは

TS-1を服用し始めてから
あきらかに小さくなってきていた。

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2010年10月24日 (日)

TS-1と腹膜の手術

2009年4月15日(水)の診断から
2009年4月22日(水)の入院までの間
夫は会社では身辺整理をし
病院からは薬を出されて飲み初めていた。

TS-1と言う飲み薬だった。

ティーエスワンは1999年に発売され

がんを治療する薬として
広く使われています。

この薬は、フルオロウラシル(5-FUと略されます)という
がんを治療する薬の効果を高め
副作用を少なくするために開発された薬です。

以下の3つの成分が配合されています。
○テガフール:
体内でフルオロウラシルに変換され
がん細胞を攻撃します。

○ギメラシル:
フルオロウラシルの分解を抑えて
効果を持続させます。
○オテラシルカリウム :
下痢などの消化器系の副作用を減らし
症状を軽くする働きをもっています。

もう1つマグラックス錠330と言う
便を柔らかくする薬も飲んでいた。


医師からは、あまり詳しく説明がなく

この薬と抗ガン剤で治るのだろうか?
他に方法がないから、これをするしかない・・・
って事なのだろうか?

そんな疑問が頭の中をぐるぐる回り
不安にかられる毎日だった。

いろいろ調べているうちに
日本で唯一腹膜の手術ができる・・・
と言う「神の手」を持つ医師を
紹介してくれるサイトに出会った。

藁にもすがると言うのはこういう事だと思ったが
すぐにホームページからメールを出して返事をもらった。
通えるような場所ではない遠くの病院だが

私は行ってみたかった。

返事のメールには・・・
TS-1での治療法は
胃癌の抗癌剤治療では
一番奏効率が高い治療法である事。

この治療法で
1~2クールは様子を見てみるのも
良いのでは・・・と言う事。

腹膜の手術ができる医師は
TS-1服用と併用して
積極的に腹腔内化学療法を行っていると言う事。

腹腔内にポートを埋め込み
そこから腹腔内に直接抗癌剤を投与する事により

極力抗癌剤の効果を落とさずに
癌細胞に行き渡らせる事を目的としている事。

この手術の際に

目視できない腹膜の癌を叩く事も目的として

温熱療法も組み入れている事。

きびしい現実として
腹膜播種の患者の場合
手術で腹膜をも含めた癌を切除しても

術後の1年以内の再発率は90%で

残念ながら、殆どの方が再発してしまっている事。

逆をかえせば10%の患者が
再発しない計算になり

この10%に入るべく
治療と手術に賭けている事。

夫の場合
再発である点
手術経験がある点、

腸閉塞の症状が出ている点・・・

これらの点から
腹腔内化学療法の対象となるかどうかは、

直接、医師のセカンドオピニオンを受けて
医師から判断して頂かなければならない事。

手術経験がある患者は
手術による癒着が必ずあり

その癒着状態によっては
腹腔内にポートの埋め込みが不可だと言う事。

等・・・たくさんの説明が書いてあった。

紹介してくださる方はボランティアであり
主婦である忙しい中
腹膜播種になってしまった人のために
医師との橋渡しをしていると言うことだった。

友達の友達が一回メールで連絡したが

「今診ていただいている先生に悪いから・・・」

「又、戻ってきて今の病院に診てもらうのに困るから・・・」

と、言う理由で諦めてしまっていた事も後日聞いた。

夫に話したら、興味を持って
前向きにとらえているようではあったが
成功したとしても再発しないのは
10パーセントの確率しかないと言うのが
ネックになっているようだった。

私からすれば
化学療法だけでは
延命はできても完治はできない・・・

しかも、延命と言っても
腹膜の手術をして再発をしたと言うよりは
長くはないのかもしれない
と言う見解であったが

夫からすると
10パーセントの確率にかけるよりは
薬で治したほうが良いと言う
全く考え方が違っていた。

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2010年10月20日 (水)

入院まで・・・

腹膜播種の診断がくだった夫は
見た目的にはいつもと変わらなかった。
普通に会社へ行き
周りの人にも普通に接した。

ただ、体調の悪さは増していた。
会社へ行くのに
電車に乗っている時間が30分程度なのだが
その間のトイレが我慢できなくなっていたsweat01

もちろん便秘をしていた訳なので
多分、そんな気がするだけだったのかもしれないが
途中の駅で降りてトイレに行く事もあった。

都会だったら、まもなく次の電車が来たのだろうが
こんな時に田舎は不便だった。
電車は1時間に1本しかなかったため
次の電車に乗るためには1時間待たなくてはならないbearing

しかも、地域的に4月とは言っても
雪がちらつく事もあり
駅の待合室は寒く
相当身体にこたえたと思う・・・

そして遅刻をしながら会社へ行ったtrain
時には私が車で送迎をしながら
何とか通勤をこなした。

それでも、泣き言一つ言わなかった。
友人の旦那様は告知をされてから大荒れで
家族に当たり散らしたと言うが
夫はかえって穏やかになったようだった。

入院2日前に夫の小学校時代の同級生が集まって
近くの河原でバーベキューをすると連絡が入った。
外では頑張っていた夫だったので
すぐに頼りにされて戦力のためにおよびがかかった。

さすがに寒くもあり体調も悪く
蒼いような顔色をした夫は電話口で断っていたが
何も知らない同級生は
しつこく理由を聞いていたようだった。

そして、何回も携帯に電話がきた。
夫は、携帯の電源を切ると私に
「誰かきたら出かけていると言ってくれpaper
と、言って2階に上がりベッドに横になっていた。

私のほうは、夫の入院までの間に
いくつか会議があったりもしたが
こちらも何事もなかったようにこなした。

でも、今後休まなければならない事もあるため
上司に夫の状態を話し
周りに気を使わせても悪いので
いよいよ迷惑がかかる時までは言わないでいる事を伝えた。

自分の健康診断もあった。
何回か、おもしろおかしくブログに書いてきた
高校の同級生3人で行っていた
毎年の健康診断だった。

その時に夫が腹膜播種であり
あまり良い状態でない事を二人に話した。
二人共、驚きで言葉が出ない様子だった。
もう一人の友達にはあとで報告した。

そして、娘のところへも行って話してきた。
娘は不安でいっぱいな表情をしながら
静かに受け止めたふりをしていた。

あとで、一人になって泣くのだろうが
人前では泣いたり取り乱したりしないで
強がってしまうところは
私に似てしまった・・・sweat02

こういうところも全部受け止めて
甘えさせてくれる男性が
いつか現れますように・・・と
願わずにはいられなかった。

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2010年10月16日 (土)

腹膜播種

腹膜播種の診断を受け
入院の日まで1週間ほど・・・
会社での夫は
自分が入院している間の手配をしていた。

予定に組まれていた事は普通にこなし
入院後の予定に入っていた事は
他の人に割り当て
入院にあたって会社に高額医療の申請をした。

入院がどれくらいになるかわからないが
看護師さんに聞くと
あきらかに高額医療の適用になる金額らしいので
先に申請しておいたほうがいいだろうと言う判断だった。

私のほうは、毎日インターネットで調べまくった。
腹膜播種と言うものがどういうものか
調べれば調べるほど恐ろしくなった。
震えがくるようなこともあった。

腹膜播種とは
胃の粘膜で発生した胃がんは
大きくなると胃の壁の中に深く進んでいく。

最も外側の漿膜(しょうまく)を突き破るようになると
がんの外側から剥がれ落ちたがん細胞が
お腹の中(腹腔内)に散らばり
腹腔を取り囲む膜(腹膜)に付着する。

がん細胞が種を播くように広がることから
こうした転移は「腹膜播種」と呼ばれる。

がん細胞は非常に小さいため
初期の腹膜播種では
自覚できる症状があらわれることはない。

しかし、腹腔内に広がったがん細胞が
大きな塊をつくるようになると
様々な症状を引き起こす。

例えば、小腸や大腸を外から圧迫すると
腸閉塞を起こす。

尿管を圧迫すると
腎臓から膀胱への尿の流れが妨げられ
水腎症を引き起こすこともある。

また、腹水がたまり、お腹が張ることもある。
便秘、腹痛、吐き気、嘔吐などをもよおし
患者の生活の質を大きく損なうことになってしまう。

詳しい統計データはないものの
胃がんで亡くなられる患者の半数程度は
腹膜播種を起こしていると考えられており
相当数の胃がん患者が腹膜播種に苦しんでいるのが現状だ。

と、あった。
一般的には、腹膜播種がある胃ガンは
切除しないで抗がん剤の治療をするらしい・・・

いろいろ調べていって解ったことだが
夫の場合腹腔鏡の手術でなく
お腹を切っていたとしたら
その場で腹膜播種がみつかったのかもしれない。

すでに切除した胃に穴があいていたと言うことは
そういう事だったらしい。
その場合は胃を切除せずに閉じて
抗がん剤での治療に切り替える。

つまり腹膜播種があった場合
胃がんの原発巣だけを取り除いても
完治はできないため
肝臓や肺への転移が見つかった場合と同じように
化学療法が行われる。

今更だが、切除した胃に穴が空いていたと言う事は
腹膜播種を疑うのが当然であり
便秘をしている、食べたものが突き上げてくる
・・・と夫の訴えた症状は、その時すでに
腹膜播種を疑うのが当然だったんじゃないか?と思う。

調べても調べても腹膜播種になったが相当生きています・・・
と言う話には当たった事がなかった。
調べれば調べるほど落胆したshock

でも、夫には調べた事の中から選んで
状況の説明だけしかしなかった。
夫はインターネットで調べると言う事をしなかったので
私からの情報が全てだった。

だから、前向きに生きられる
と思える事しか伝えなかった。
夫は休暇が減ると冬の除雪のために休むのに困ると
そんな事ばかりを気にしていた。

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2010年10月13日 (水)

強く

余命の宣告をされ
抗ガン剤の治療の提案をされ
入院の日にちを決められ・・・

昼間なのに、漆黒の闇の中を
夫を助手席に乗せ高速で1時間
無言で車を走らせて
自宅まで帰ってきたrvcardash

二人共、死に直面している感はなかった。
自分達の身にふりかかっている事が
信じられなかった。

神様って、そんなひどい事しないよね?
そんな思いが頭の中でぐるぐる回っていたtyphoon

自分よりも大変な思いをした人はたくさんいる。
でも、人が人生で与えられる幸せは
みんな平等なんだ・・・って
どこかで信じてきた自分がいた。

義母と同居して25年・・・
地獄の同居が終了してからは
自分達には経験できなかった
本当だったら結婚してすぐあるべきたった生活を
やり直せるかもしれない・・・と思っていた。

友達に言われた事があった。
「誰かの人生と代わってみたいと思うけど
ステッピーの人生とだけは代わりたくないなぁ・・・」

って

そんな人生背負ってきて
これから先も、そんな事なんだ・・・って
やっぱり、いつになっても晴れない
晴れる事なんてないまま終わるのかも・・・

でも、晴れなくてもいい
どしやぶりや、嵐やブリザードはやめてもらいたいbearing
そんな事を考えながらリビングのイスに座っていた。

夫はしばらく黙っていた。
そのうちに
「ごめんなぁ~sweat02
と、ひとことつぶやいた。

夫にしてみたら
自分の体に起きている事
3人の子供の事
女一人では住めないような
自然条件が過酷な自宅の事・・・

頭の中では整理しきれない
いろんな事でいっぱいだったに違いないsweat01

本当に、夫にそんな事が起こるなんて
思ってもみなかったgawk
私のほうは子供の頃から丈夫だったが
結婚してから、ずいぶんと体を悪くしたweep

結婚当初は、家業が忙しく義母がきつく
妊娠していても睡眠時間を思うようにとらせてももらえず
お手伝いのように働かされた。

まるで、ボロぞうきんのようだな・・・
そう思って、自分が惨めだったcrying
こんな人生が続くんなら
寿命なんか短くっていいよsad・・・いつも、そう思ってきた。

腎臓も「こんな事を繰り返すと透析になりますよ・・・」
と言われた事もあった。
神経性の大腸炎や胃炎もいつもの事だった。

体調が普通というのがどういう事だか
もはやわからない状態でいたせいで
絶対に自分のほうが先に死ぬと思っていた。

それなのに、こんな状況に自分を置いた夫が
自分のほうが苦労をしているから先に死ぬ
と言うような事を言うと悔しくて
以前から、ことあるごとに

「こんな豪雪地帯なんか
オヤジ
(←夫)が先にいなくなったら
私一人でなんか住めないんだからpout

そう嫌味を言っていた私だった。

夫としては、いろんな意味の
「ごめんなぁ~sweat02
だったんだと思う。

お酒ばかり飲んでいて自分の身体を粗末にした事
仕事中心で家庭の事は私に任せきりだった事
幸せにすると言いながら、できなかった事
これから先に起こる事に対して
私が背負わなければならないいろいろな事

涙が出そうになった。
でも私は、夫の前で泣けるほど夫に甘えてこれなかった。
ずっと、自分の足でこいで走り続けていないと
倒れてしまう自転車のように走り続けてきた。

私だって、どこかによりかかりたい
そう思う事だってあった。
でも、今更甘え方なんてわからない
崩れるわけにはいかなかったthink

「まだ、ダメだって決まった訳じゃないよsign01
ガンの人だって、長く生きている人だっている
20年も生きられたら74歳じゃん
そうしたら、まぁいっか・・・って
思えるじゃないconfident


そう言って笑ってみた。
夫は
「ステッピーが明るいのだけが救いだよcoldsweats01
と言って笑った。

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2010年10月 7日 (木)

怒り

夫の体に起きている事については
なんとなく意味がわかったが
私は納得がいかない事だらけだった。

「先生、夫は昨年の9月の検査の時から
異常を訴えていたはずなんですが
その時は何でもなかったのですか?」

私の質問に医師はパソコンの画面をいじり始めた。
遡ってCTの写真をみているようだった。
素人の私でもパソコンはいじっているから
日付や画面の構成はわかる。

2008年9月29日(月)の画像だ。
それを指さしながら医師は、たんたんと言った。
「この時の写真のここらへん・・・
いくらか胃の壁が厚くなってきているような気もしますね」

夫は呆然としていて
医師の説明は、もはやどうでも良いと言う感じだったが
私のほうはそれを聞いて唖然とした。

何を言っているのだpout
胃を切った時に切った胃は反対側まで穴が空いていたと言い
本来なら、その時点で抗ガン剤をする人だっているのではないか?
そういう説明があっても良かったのではないか?

それを踏まえているのに
昨年の9月に便秘をしていると言う夫に下剤を出し
年が変わった1月に
食べたものが突き上げてくると言う訴えに消化薬を出し
今更のように9月の時点で異常があったというのか?

「術後ドレンがささっていた場所がしこっていたのは
何か関係があったのでしょうか?」

と聞くと
「手術をした際、ガン細胞がお腹の中に散らばっていたので
おそらく、そのドレンにもガン細胞がついていて
最後までささっていた場所が、しこっていたんでしょうね」

そんな説明ってあるんだろうか?
あれほど、夫はしこりを気にしていたのに
診てくれもせず、今になって何を言うのだannoy

「先生、ガンがあるのは間違いがないんでしょうか?」
私としては納得できなかった。
何かの間違いであってほしかった。

胃ガンの時は胃カメラの検査の際ガン細胞が見つかっていた。
しかし、今度は、どこからも見つかっていないのだ。
ボコボコの腸からも見つかっていない。

今まで、夫の症状を見落とし続けてきた医師なのだから
ガン細胞が見つかってもいないのに
腹膜のガンだと言われても納得できない。

「お腹に針を刺して腹膜の中の検査をすれば
ガン細胞は出ると思います。
でも、そんな事をしなくても、私の今までの経験から
これは間違いなく腹膜播種ですthink


さんざん症状を見落としてきたくせに
すごい自信なんだ・・・と思った。
「それって、今になるまで解らなかったんでしょうか?」
ムッとした私は、ついに突っ込んだ。

「腹膜播種と言うのは、解りにくい病気で
ガン細胞はある程度の大きさにならないと
CTにも写らないんですよthink

私としては、そんな事を聞いているんじゃないpunch
最初から、切除した胃の反対側に穴があいていた時から
それは疑われるべきじゃなかったのか?

そういう症状だったのに便秘をしている時に
下剤と言う処置で良かったのか?
食べた物が突きあげてくると言う訴えに
消化薬と言う判断は正しかったのか?

怒りでいっぱいだったが
夫の病気を何とかしてもらわなければならなかった。
とりあえず、2009年4月22日(水)に
入院ということになった。

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2010年10月 4日 (月)

説明

2009年4月15日(水)
大腸の内視鏡の検査から余命宣告まで
夫は病院で6時間ほどを過ごしていた。

仕事の事ばかり心配していたが
しぶしぶ入院を承諾した夫に
医師は説明を始めた。

まずは、大腸の内視鏡について・・・
私も内視鏡の写真を見せてもらった。
「ここがカメラが大腸へ入っていくところなのですが
この部分で、すでにカメラが入りませんでした。」


そう説明されて写真を見ると
蛇腹のホースのようになっているはずの大腸が
大きなこぶのようなもので埋め尽くされていた。

最初に腹膜播種の説明を受けた時も
写真を見せてもらったのだが
「ガンが大腸に転移したと言うことですか?」
と聞いた覚えがある。

その時は大腸ガンとか、人工肛門とか
そういう事が頭の中をよぎっていた。

医師は
「ここの部分からはガン細胞は出てないんですよ」
と答えた。

私達は、ますます意味がわからなかった。
こんなに盛り上がってコブのようになっているのに
これがガンじゃないなんて・・・
それじゃあ、いったい、どこにガンはあるのだろう?

医師はタオルを筒状に丸めて説明を始めた。
丸めたタオルが大腸で・・・と言う説明だった。

Dscn0352

筒状に丸めたタオルに外から圧力をかけると

Dscn0354

筒状だったタオルの中がボコボコになって
中の空洞の部分がふさがった。

説明によると、この腸の中の盛り上がっている部分はガンではなく
大腸の外側の腹膜に散らばったガン細胞が大きくなって
腸を外側から圧迫しているために
腸がこうなってしまっていると言うsweat02

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