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2010年12月

2010年12月29日 (水)

点滴の抗ガン剤

私のほうは、5月の連休前から
夫の職場に近いところにアパートを探し始め
なかなか思うようなところが見付からず
最終的にはレオパレスを借りる事にした。

なんだか、テレビのドラマとかで
ちょっと別居する家族が
簡単に借りていたのをみた事があるので

もっと簡単なものかと思ったら
案外、きちんとした手続きが必要で
初期費用もそれなりにかかった。

昨年のブログには
ガンのため・・・とは書けなかったのだが
5月の後半からはその事についても少し書いてみた。

1Kで狭いところだったが
新婚生活と呼べるものがなった私達には
初めてのそれに近い生活が始まろうとしていた。

夫が病気でさえなかったら
どんなに狭くても
きっと楽しいものだったろう・・・と思う。

2009年5月11日(月)
TS-1を飲み初めて11日目
この日は点滴の抗ガン剤をした。

夫の手帳には
①ソルデム3A
②腎臓関係
③利尿剤
④抗ガン剤(生塩水)
⑤リテム3A

そんな記入がしてあった。

11日から始まって14日(木)まで
矢印がひっぱってあるところをみると
多分抗ガン剤の点滴をしたあと
リテム3Aと言うのを
14日までしていたのじゃないか?と思う。

そして2009年5月15日(金)に退院となった。
入院前に高額医療の手続きをしてあったので
何とか支払える金額だった。

病院を出て、私の実家に挨拶に行った。
私の両親は、夫の痩せ方に絶句していた。
実家を出て自宅に向かう途中
レオパレスに寄ってみた。

レオパレスを借りてから
夫が退院するまでが1週間程度
その間に、自宅から必要なものを運び
住める形にした。

夫は、もはや力仕事は無理だと思ったので
一人でしたくを整えた。
普段なら、こんなもの一人では運べないだろうと思うのに
火事場の力持ちのように運んできた。

こんな時にも私のハンドルネームである
ステップワゴン(ステッピー)は役に立ってくれた。

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2010年12月22日 (水)

直腸診

夫は、とりあえず、病院で厳密ではないが
「ゲルソン療法もどき」を始めた。
私は、100パーセントの
にんじんジュースをせっせと運んだ。

病院食も肉や魚をさけ
野菜を中心に食べ
塩分の強いものは控えるようにした。

抗ガン剤も効いてきたのだろうが
あまり量を食べていないわりには
体調が良くなったと喜んでいた。

ただ、下痢は相変わらずだった。
「にんじんの色してるhappy02
と、笑っていた。

会社からは携帯に良くメールが入っているようだった。
指示を仰ぐメール
結果を報告するメール
そして、体を第一に考えてくれ・・・と入っていた。

夫は仕事の事も気にしながら
食事の事をいろいろ考えているようだった。
そして
「今度は、ステッピーが読んで勉強してくれconfident
と、自分が読み終えた食事療法の本を私に渡した。

本には、蛍光色のペンでラインがひいてあったり
ページの端が折ってあったりした。

2009年5月7日(木)
この日は、医師が直腸診をすると言うので
夫は朝から待ちわびていた。

本当なら直腸診なんてイヤな事に決まっているのに
夫にとっては、自分の体の変化が知りたい・・・

食事を気をつけながら抗ガン剤をやっていて
いくらか体調も良いような気がしたせいか
直腸診で少しでも良い方向に進んでいると言うのを
確信したかったようだった。

この日の昼間、会社のOBが見舞ってくれた。
本人が喉頭癌との事で、たまたま同じ病院だったため
自分の検診に合わせて病室に来てくれたようだった。

この方は、あちこちに転移しているらしく
手術のせいで、顔つきも変わったほどだった・・・
と、夫は私に話してくれた。
この方も、それから間もなく亡くなってしまった。

直腸診を朝から待っていた夫にとって
酷な事に医師は夜の9時半を過ぎても来なかった。
夫は何度かナースセンターに行ってみたようだが
「そのうちに行きますからthink
と言う返事だったようだ。

「先生、まだ来ないshock
と、何回かメールがきた。
「起きてると気になるから寝ちゃえばconfident
と返事をした。

結局、看護師さんがきて
「次の日になります」
と、言われて、へこんでいた。

「どーせ、そんな事だよね・・・
みんなも、そんな事なんかな?」

とメールを返信した。

直腸診は次の日の朝、医師が来て病室でした。
結果は変化なし・・・との事で
夫は落胆してメールをよこした。
私は
「解った。
でも、狭くなってなければ
よしとしなくちゃねhappy01
と、返信した。

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2010年12月17日 (金)

ゲルソン療法・・・その2

夫も私もゲルソン療法をすると言う事を決めて
本やインターネットで勉強を始めた。

ゲルソン療法を調べてみると
ドイツの医学博士
マックス・ゲルソンが開発した食事療法で
日本ではまだあまり知られていませんが
欧米ではよく知られた療法です。
 
欧米では、ゲルソン療法でガンを治した患者は
何千人もいると言われています。

ゲルソン療法では
ガンの原因となる食品を排除し
自然な食物の持つ様々な栄養素を
バランスよく摂取することによって
人間が本来持っている身体の機能を高め
病気を排除しようとするものです。

ゲルソン療法の最大のポイントは
人間の持つ自然治癒力を高めることにあります。

ゲルソン療法は、ガンのほか
高血圧、肝炎、血栓症、腎臓病、痛風など
52種類の病気において、効果を発揮した実例があり
薬を使用しない治療法として大変注目されています。

ゲルソン博士は、24時間のうちに
3リットル以上の新鮮なジュースを飲むことを薦めています。
ゲルソン療法では大量の野菜ジュースは薬の代わりです。

私たちの生命は酸素呼吸によって維持されていますが
私たちのからだが酸素を消費する過程で
「活性酸素」という物質を生み出します。

活性酸素は体内で脂質と結びつき
過酸化脂質を作り出し、これが遺伝子を傷つけ
ガン、脳疾患、心筋梗塞、高血圧、糖尿病
アトピー性皮膚炎、肝炎など
なんと200種類以上もの病気の原因となります。

野菜の中に豊富に含まれる「抗酸化作用」が
悪玉の活性酸素を排除してくれるのです。

と言う説明が書いてある。
本当は抗ガン剤を否定しているのだが
全てゲルソン療法だけでするという事はできなかった。

調べても調べても
否定するものと肯定するものと両方あり
本当に自分達の責任でする以外ないのだと思った。

結局ガンと言うものは
他人からうつる訳でもなく
何かしたから発病するわけでもく
自分の細胞がガン化してしまい

免疫力がある時にはガン化した細胞を
自分の力でどうにかできるものなのに
それができなくなってしまうために
なってしまう・・・と言うような説明もあった。

その後、他のところで違う事の勉強をした事があるのだが
ゲルソン療法とは、ガンが好きなものは与えないで
ガンが好まないものだけを体に取り込んで行く・・・
そんな療法なんじゃないか?と思った。

そうであれば、特に体に悪い訳でもなく
薬にたよるのでもなく
毎日の食事を考えて
ガンが好むものを一切与えず
兵糧攻めにしていく・・・それは一理あるとも思った。

現に、夫はガンになってから
今までと食事の好みが変わった。
今になって思うと、あれは夫が食べたかったのではなく
ガンが食べたかったんじゃないか?・・・と。

とにかく今まで
そんなに進んで食べなかった肉を食べたがり
以前にも増してアルコールの量が増えた。

まるで自分の体をいじめているように
寝不足や疲労する事をわざわざするようになった。
まるで体の中に入り込んだガンが
薄笑いを浮かべながら夫を死へと導いているようだった。

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2010年12月13日 (月)

ゲルソン療法

連休中は点滴で過ごす事になった夫だったが
病院側の人手不足のせいだか
点滴がもれたり検査があると言われて
準備して待っていても
何時間も待たされたり・・・

そんな事ばかりが続き
病院への不信感はぬぐえないどころか
つのるばかりになってしまっていた。

夫は連休の頃から
「ゲルソン療法」を真剣に考え始めていた。
ベッドの上では私が友達から送ってもらった
「ゲルソン療法」の本をいつも読んでいた。

そんな夫の横で、私のほうは迷っていた。
「ゲルソン療法」を信じて賭けてみたい。
でも、腹膜播種・・・は
ガンの中でも特異なものらしかった。

「ゲルソン療法」で効果があったとしても
今の治療では難しいガンを抱えて
もしも好きな物も何も食べられずに
夫が逝ってしまったら
私は後悔しないでいられるだろうか?

何もしないよりは何かに頼りたい。
でも、今のところ延命はできても
何年生きられるかわからないのに
食べる楽しみを奪う事は辛い事だと思った。

それでも私は
「ゲルソン療法」の勉強を始めた。
夫は、この頃から
「にんじんジュース」を飲み始めた。

「ゲルソン療法」には
欠かせないものではあるが
病院の中で生のにんじんをジュースにするのは
無理があったたため、やむを得ず
市販の100パーセントのジュースにした。

厳密には、それではいけないらしいのだが
その後の検査で肝機能の数値が良くなっていたため
夫は気を良くして「にんじんジュース」にはまっていた。

私のほうは
味噌や醤油や塩を使わずに
しいたけと昆布の出汁で
汁物を作ってみたり

玄米をどうにかして柔らかく炊く事に挑戦したり
試行錯誤を繰り返していた。
毎食、そんな事をして自分で食べてみては
料理を考える毎日だった。

その頃、夫に送信したメールには
「クッキングブックがきた・・・
パソコンで印刷した本で
すんごいうすっぺらいのに
2500円もしたcoldsweats01
ぼったくり?
でも忠実にはできないな・・・
自分でアレンジして作らないとhappy02
味噌のない味噌汁もどきと
玄米と海苔で食べてみたpaper
オヤジ(夫のこと)は納豆食べられるから
もう少し内容はましだねbleah

毎回へんてこなもの食べてみてるよhappy01
と、あった。

夫は、食事をする許可が出たが
病院食の中で「ゲルソン療法」に近いものを
選んで食べる事にしていた。

「なんで病院食なのに
こんなにしょっぱい物ばかりなんだろう」
「揚げ物や、塩辛い魚は無理だな」


「ゲルソン療法」では
塩分、肉、魚は禁止・・・となっていた。
「早く退院して、家で食事ができると良いねgood
この頃は「ゲルソン療法」をする事で
二人に少し希望の光が見えてきた時だった。

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2010年12月 7日 (火)

洗脳

5月の連休中
病院のほうも、外来がなく
スタッフも少ない人数で回しているようだった。

夫は便秘と腹痛と微熱に悩まされていたため
食事をやめて点滴で過ごす事になった。
食事をとらなくなると、症状は落ち着き
いくらか楽そうにしていた。

私は、病院に行かない時は
インターネットでアパートを探しまくった。
会社から近くて、二人で住めて
ウォシュレットがある物件・・・

夫の会社は、自宅ほどではないが
あまり開けた場所になかったため
なかなか手頃なアパートが見つからなかった。

夫にアパートの話を切り出すと
「そんな訳にはいかないよthink
自宅を置いては出られないbearing

と言う返事が返ってきた。

義母は私達の長男にも
「お前は、ここの跡取りなんだから
ここの家を継いで、土地と家を守って
おばあちゃんの面倒もみるんだからねsign01


と、暇さえあれば言っていた。
夫も、そんなふうに言われて育ったのだろう。
まるで、洗脳されているかのように
自宅から離れられないの一点張りだった。

「それじゃ、その体でどうやって会社へ通うの?
会社辞めるしかないよdespair

そう言われると、現実を突きつけられて考えるのだが
又、考えは後戻りするようだった。

私は、義母が生きていた時に
長男をそうやって洗脳している事が恐かった。

仕事がないような土地で
どこかへ勤めるにも通勤に時間かかかるだけではなく
冬は豪雪の中、雪をかいてからではないと家から出られない。
夫はいつも通勤前に1~2時間は除雪していた。

慢性的な寝不足のところに
飲み会は断ることを知らないほど参加していた。
そして帰りの電車は1時間に1本しかなく
いつでも乗りそこねては最終だった。

私からしてみると
夫が自宅にこだわる事に腹をたてていた。
そんなところに自宅があるのが悪い・・・
そう思ってさえいた。

高校の同級生にも、アパート探しをお願いして
何時間もパソコンとにらめっこをしていた。
実家でも、そんな事をしていたため
私の母親が心配して聞いてきた。

事情を話すと
「そのほうが良いねgawk
あれほど仕事の事を言っているんじゃ
仕事ができなくなったら張り合い悪いだろうしね・・・」


そう言って、初期費用を出してくれた。
その話を夫にすると
「ありがたいね・・・
お母さんには、してもらうきりで
何もしてあげてないなぁ~
元気になったら旅行にでも連れて行ってあげたいなhappy01

そう、つぶやいた。

そんな日が来る事はないのだ・・・
私は、ぼんやりと考えていた。
夫は、私の母親の話から
会社の近くにアパートを借りる事を承諾した。

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2010年12月 2日 (木)

TS-1再開

2009年4月30日(木)
医師から病状の説明があった用紙に
夫はサインをして印を押した。

そして、その日から
抗ガン剤であるTS-1の治療が始まった。

とりあえず飲み薬だけである事と
5月の連休になる事から
5月2日から5月6日まで外泊の許可がおり
夫は、それを楽しみにしていた。

薬を飲み始めてすぐに
下痢の症状があらわれた。
37度台の微熱も続き
だるさもあったようだった。

夫が外泊を楽しみにしていたのとは裏腹に
私のほうは不安でいっぱいだった。
自宅からは高速を使っても
病院までは1時間はかかる。

もしも何かあったらどうしよう
・・・そんな事ばかりが頭の中でめぐっていた。
自分が高速を運転して
具合が悪くなった夫を乗せて
病院まで向かっている姿ばかりを想像していた。

5月1日に肝臓の検査をして
2日の朝外泊の許可が出た。
でも2日の朝、夫は38度台の熱が出て
外泊は中止になってしまった。

がっかりする夫とは逆に
私はホッとしていた。
今までも病院の面倒見は悪かった。

そんな病院が入院さえしていれば
具合が悪くなった時
診てくれるかもしれないが

外泊などしていて連絡をした時に
担当医がいなければ
どんな事になるか恐ろしかった。

とりあえず連休の間は
入院しながらTS-1を飲み
ほぼ1時間おきに下痢のためトイレに行き
ずっと37度~38度の熱にみまわれていた。

夫は連休中は会社も休みだが
その後からは仕事に行かないと
休暇が足りなくなる・・・と心配していた。

私のほうは、この頃は
夫の会社の事で悩んでいた。
仕事は、もう無理なんじゃないか?
でも、夫から仕事をとりあげてしまったら
治療もやる気をなくすんじゃないか?

TS-1を飲んでいれば
ずっと下痢の状態であるだろう・・・と言う事。
会社へは、今までは電車で行っていたが
これほどの下痢では無理だと思った。

私が毎日送るようになるのか?
それには、トイレの関係もあるから
毎日高速で送るようになるし
私は他の事はいっさいできなくなる。

夫を高速で会社に送ると1時間弱・・・
行きと帰りで会社までを2往復するには
朝2時間、夕方2時間。

高速料金は、カード2枚を利用して
通勤割引を使ったとしても
片道しか使えない時もある。

全く使えなければ2往復で1日5千円弱。
上手に使っても3千円から4千円にはなる。
あとは送って行って、帰りの時間まで
そこから30分ほどの実家に寄せてもらうか・・・

いろいろ考えているうちに
会社の近くにアパートを借りたらどうだろうか?
と思いはじめた。

高速料金と、ガソリン代を考えたら
あきらかにアパートのほうが安かった。
ただ、条件としては
ウォシュレットがないと無理だと思った。

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