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2011年8月

2011年8月29日 (月)

家業

今更書くのだが家業は民宿だった。
きちんとしたホテルや旅館ではないから
いつでも他人が家の中を行き交っていた。

だいたい年越しには20人から30人の客がいた。
しかも、誰も雇わないで家族だけで回していた。

そして、年末年始は夫の姉妹4人が
家族を連れて泊まりにくる。
自分の家の人数と合わせると
こちらも20人ほど・・・

朝晩50人分ほどの食事を作るのだが
夫の母は娘達が来ると台所は私に任せて
話をしたり早い時間からお酒を飲んだりしていた。

夫はほとんど除雪をしていたが
終わると、夫もそこへ参加した。

娘の中には私を気遣って
手伝おうとしてくれた人もいたが
夫の母が娘はせっかくきて休みたいのに
かわいそうだと言って手伝わせなかった。

私だけがひたすら50人の食事を作っていた。
作るのはまだ良いのだが
洗い物のほうが大変だった。

お腹に子供がいる時などは
もしも、この子を流産したら
離婚して帰ろう・・・
毎回そう思っていた。

それでも子供は強く
授かった3人共生まれてきてくれた。
生まれた時に泣かなくて
丸1日母乳も飲まなくてあきらめかけた長男。

お腹にいる時にドクターストップがかかりながら
休む事に理解を得られず
私が動きすぎて胎盤がおかしくなってしまい
無事に生めないかと思った次男。

普通だったのは真ん中の長女だけだった。

嫁いでからの暮れから正月にかけては
毎年、こんな事が
暮れの30日から正月の三が日続いた。

私は部屋に座る場所もないので
台所で立って食事をする日々だった。

娘は盆も正月も
当たり前のように実家に来るのに
私は盆も正月も
実家へ帰してはもらえなかった。

年に数回実家に帰った時
子供の頃から肥満児のようだった私の
痩せこけた体をみて
母親があまりにもびっくりするので
お風呂に隠れて入るようになった。

盆と正月がなかったら
もう少し太れるのかもしれないな・・・
そんな事を思っていた。

夫の母も亡くなり
ゆっくりできる正月は
たった3回で終わりを迎えてしまうのだろうか?
悲しいとか言うよりも
なんだか、あきれて馬鹿馬鹿しくなっていた。

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2011年8月24日 (水)

大雪

私が嫁いだ30年ほど前には
12月上旬には雪が降り
目の前のスキー場がオープンしたのだが

温暖化の影響もあるのか
最近では暮れもおしせまらないと
スキー場がオープンできるたけの雪は
降らなくなっていた。

夫がガンと闘うこの年には
暮れになっても
スキー場がオープンするほどの雪は
降らないで、少しづつ雪が積もる程度だった。

まるで夫の事を哀れに思った神様が
雪が降るのを遅らせてくれているように・・・
自宅は雪が降ると寒いだげでなく
除雪もしなくてはならない。

2009年は夫の母親が亡くなってから
4回目の暮れと正月になる。

夫の母親が亡くなった年は
年越しの準備をしなかったので
二人になって暮れと正月を迎えるのは
3回目だった。

夫はレオパレスにいる時は
ベッドの上でテレビを見たりうとうとしたりしていたが
自宅へ帰ると、とたんに動いてしまう。

夫は車を運転して40分かけて街へ出て
松かざりとしめ縄を買ってきた。
そして12月30日(水)には
玄関の前や仏壇、神棚に飾り付けをした。

うるさく言う夫の母親もいないのだから
体の具合が悪い年は無理しないで
飾り付けなんかしなくても良いんじゃない?
と、言ってみたが聞かなかった。

とにかく、有終の美を飾るかのように
何に対しても手を抜く事がなかった。

そして、いよいよ大雪が降り
除雪機で除雪をしなければ
家から出られない状況になった。
夫はたくさん着込んで外へ出て行った。

「雪なんか、いいからsweat01
除雪なんかしなくたって
家が埋もれたって
雪はいつかは融けるからぁ~weep


外へ出て私が止めると
「いいから、家の中へ入っていろthink
と言って除雪機のエンジンをかけた。

私は、スコップを持って
家の壁にはりついたところとか
狭いところの雪をかきだした。

夫は、他の事は全て私まかせのくせに
除雪だけは手伝わせなかった。

「雪なんか除雪機があるから
降ったってたいした事ないんだよgood
と、結婚前に言って騙すように連れて来た・・・
そんな負い目もどこかにあったのかもしれない。

とにかく雪は半端じゃない。
除雪し終わっても
最初にしたところには
又50センチほど積もっている。

除雪機で午前中5時間
午後4時間ほどしても
全部かききらない時もある。

普段だったら私がスコップなんか持ちだしても
怒って家の中へ入るように言うのだが
さすがに体もきつかったのだろう
黙って除雪機を動かしていた。

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2011年8月20日 (土)

想い出

2009年12月・・・
この年のクリスマスイブは
私の高校の時の仲良し同級生4人組と
その旦那様達とでイルミネーションを見に行った。

こんなに、みんなで出掛けるのは始めての事だった。
なかなか解放的になれない
血液型A型の私達女性陣4人は
そんな風に楽しむ事もなく今まできた。

そんな中、夫の寿命が長くないのは
みんな解っていた。

誘われた時、私は又悩んだ。
この頃には家の中でも寒がる事も多く
夜になってからの外出はどうかと思った。
夫に話すと、夫は「行こうhappy01と言った。

夫は、必死で想い出を残そうとしているようだった。
何年か前から夫は
「いつか旅行に行きたいねconfident
「いろんなところに行ってみたいねgood

と、言っていた。

夫の母親がいた頃は
どうせ二人きりでなど行けるはずもなく

「自分の母親と二人で行ってくればいい。
旅先でまで気を使って
イヤな思いをするのは、まっぴらだbearing
と、私のほうは心の中で思っていた。

お互い、想い出なんていつでも作れる。
そして、そんなに重要なものとして
考える事もなかった。
それが、ここへきて、今しかない・・・
そんな状況に追い込まれていた。

この頃、私は
ヒートベストなるものを見つけた。
ベストの内側に発熱体をつけて
充電したバッテリーであたためる
と言う「着る電気毛布」のようなものだった。

夫に、下着を重ね着させ
服を着せ、その上にベストを着せて
コートを着せた。

足はタイツを履かせカイロを貼った。
手袋の中にもカイロを入れた。
痩せてしまった夫は
それだけ着ても標準より痩せていた。

イルミネーションを見て
みんなで写真もとって
帰りにイタリアンのお店に寄った。

夫はトマト味のスープスパゲティーを
おいしそうに食べていた。
多少食べてはいけないものも入ってはいるが
それは目をつぶる事にした。

夫は嬉しそうに食べていたが
あきらかに食事療法で
禁止されているものだけは
私が拾い出して食べてみた。

12月25日(金)
この日は腹水に利尿剤の効果がないため
病院へ行き、利尿剤を追加してもらった。
そして、排便と排尿時の痛み止めももらってきた。

腹水はともかくとして
排便時と排尿時の痛みは
随分やわらいだようだった。

そして、この年は
12月27日(日)にも
同じメンバーと、別のところの
イルミネーションを見に行った。

2回とも、一人づつの旦那様が参加できなかった。
結局、私達の集まりは
8人全員が揃う事はできなかった。

でも、この年のクリスマスの想い出は
一生忘れる事はないだろう・・・
そう思いながら
次の日には年越しのため
レオパレスから雪がちらつく自宅に帰った。

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2011年8月16日 (火)

クリスマスイブ

TS-1の9クール目が始まったのが
2009年12月21日(月)
3日後はクリスマスイブだった。

我が家のクリスマスは
子供達がいた頃には
私がケーキや料理を作り
家族で過ごした。

ケーキを作る事など苦手で
どちらかと言うと好きな事でもなかったが
予算の関係で仕方なく手作りしていた。

もちろん平日の夫は
毎日のように飲んでいたので
夫の休みの日に合わせて
クリスマスをしてしまった。

子供達も大きくなり
家族とクリスマスを過ごさなくなると
クリスマスの前の土日に
夫と夫の母と簡単なクリスマスをした。

こんなクリスマスなんて
何か意味があるのか?
と、形だけの面倒なクリスマスに
うんざりしていた。

だからクリスマスイブと言うものは
私には今まで関係のない事だった。

夫とつきあい始めて
結婚するまでの4年くらいの間には
クリスマスイブに2回ほど
食事に出掛けた記憶はあるが
クリスマスの想い出と呼べるほどのものは
子供の頃から何もなかった。

しいて言えば、子供の頃
いつだったかのクリスマスに
はしかにかかり
高熱を出して寝込んでいた記憶がある。

結婚してからは
世の中のクリスマスの
浮かれた感じをテレビで見ながら
一人酒を飲んでいた事くらいしか覚えがない。

だからクリスマスは嫌いだった。
家族がいなくて一人ぼっちの人は
それは淋しいのかもしれないが
家族がいて、その中で孤独でいる事も
それはそれで淋しいものだった。

前年のクリスマスには
結婚して始めてクリスマスイブに
夫の帰りに合わせて会社に迎えに行き
二人でイルミネーションを見に行って
帰りに食事をしてきた。

その時の夫は3ヶ月以上も前から
体調不良を訴えていたが
医師に発見してもらえずに
ひたすら普通の生活をしようとしていた。

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2011年8月13日 (土)

工夫

私は、夫がお風呂に入っている間に
狭いレオパレスのベッドの上に座って
里芋シップに使うサラシを
ひたすら切っていた。

1日2枚づつ使うサラシだから
1ヶ月で60枚にもなる。
50枚ほど切ったところで
夫がお風呂から出てきた。

「何してるん?」
「サラシ切ってるんだよ
毎日切るんじゃ大変だからhappy01

確かに私にとっては
いっぱいいっぱいの毎日だった。
朝も夜もにんじんジュースを作り
ジューサーの後片付け。

朝は夫を仕事に送り出すのに
朝食を作り、食べさせている間に弁当を作る。
寒くなってきて冷えがひどくなった夫が
少しでも快適に過ごせる工夫もした。

レオパレスの作り付けのテーブルの下に
足もとに温風が出る机下の温風器を買い
会社へ出かける30分前には
湯たんぽを使って手袋をあたためた。

レオパレスの電源は大きくない。
うっかりするとブレーカーがすぐ落ちる。
私は、充電機やタイマーを活用して
時間差を作る事によって電気を使う時間を分散させた。

靴は、靴の乾燥機を使ってあたため
お腹に里芋シップを貼り
背中にはカイロを貼り
出掛ける時には
すべて暖かいものを身につけられるようにした。

夫は、まるで着せ替え人形のように
私が差し出すものを次々と身につけ
「あったかくて気持ちがいいなぁ~happy01
と、毎朝笑っていた。

ゲルソン療法をしていると言う意識がなく
夫が食事できるように
パソコンで調べ、食材を調達し
早い時間から食事を作る。

夫がお風呂に入る時は
普通のお風呂が
ジェットバスのようになるように買った
器具をセットした。

一日中、夫の事で動いていた。
体もだが、頭の中もフル回転だった。
サラシも、少しでも毎日の負担を減らすために
まとめて切っておこうと思ったのだった。

夫は、しばらくサラシを切るのを見ていたが
「こんなに切って・・・使いきるかな?sweat02
と、つぶやいて後ろから私を抱き締めた。

それは、そんなに長く生きていられるかな?
と、言う意味だった。

夫が、そんな事をした事など
今まで一度もなかった。
と言うか、結婚してから、そんなふうに
抱き締められた記憶もなかった。

妬きもちやきの夫の母親と
同居していたせいもあり
結婚してからは
どこか他人行儀な二人になってしまって
お互いの存在がかえって遠くなってしまっていた。

夫は、後ろから
「良くならなくちゃなconfident
そう、独り言のようにつぶやいた。

私は、びっくりしたのと
これから先起こる事を考えて
不安にかられて固まっていた。

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2011年8月 9日 (火)

里芋シップ

里芋のシップは不思議なものだった。
里芋と生姜の入った粉を
ボールに入れて水で溶く。

私はケーキとかを混ぜるのに使う
シリコンゴムベラを使ってみた。
良くしなるので、まんべんなく混ぜられて
作業がはかどった。

それをサラシに塗りのばすのだが
私は、腹水で出ている
お腹の大きさに合わせて
サラシを切ってみた。


朝と夜に貼り替えるのだが
必ず貼った時よりも
ビショビショに濡れていた。

貼る時に冷たいので
夫は「ひゃあ~sweat01と奇声をあげ
二人でゲラゲラ笑った。

でも、汗で濡れているんじゃないか?
とか、本当は里芋シップが
乾いてないだけなんじゃないか?
とか疑問に思って
夫の打ち身の足に貼ってみた。

思いっきりガサガサに乾いて
固まってしまい
シップしているのも痛くて
はがすのも大変だった。

と、言う事はもともとの水分ではくて
体の中の何かの水分が移っているのに
間違いはないようだった。

気分的なものもあると思うが
夫は腹水による不快感は
いくらか軽減される・・・
と、言っていた。

とにかく
良いとされる事は何でもやってみよう
そう思った。

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2011年8月 6日 (土)

腹水対策

2009年12月18日(金)
病院に行った帰りに
夫は鍼治療に行き
置き鍼をしてもらってきた。

置き鍼とは
ごく小さな短い針(0.9mm)を
絆創膏で皮膚表面に貼り付けておくもので
貼り付けたまま生活が出来る。

普通の針治療より弱い刺激になるが
継続した治療になり
針による痛みはほとんどない。

と、言う感じで
少しでも腹水に対して良い効果があれば・・・
と、夫は期待していた。

今までも鍼治療に行って
置き鍼をしてもらった事はあるが
それは単に腰が痛いとか
肩がこるとかでガンには関係ない時だった。

ガンに関係のない時の治療では
それなりの効果があったが
腹水となると、さほど効き目はないようだった。

12月21日(月)
TS-1の9クール目が始まった。

この頃の夫は
熱はほぼ36.5度から37度
体重は腹水のせいで増加したのか
55キロ前後だった。

口内炎は治まり
腹水の影響でおなかのあたりに不快感があり
排便・排尿時には痛みを伴い
軟便になっていた。

それでも食欲もあり
日常生活は普通にこなしていた。

座っている分には
腹水の影響を受けにくいのか
痛みもないようで
トイレにさえいかなければ普通にしていた。

私はインターネットで調べて
腹水に良いという「里芋粉」での
シップを夫のお腹にする事にした。

それを書いたホームページには
里芋と生姜を擦りおろし小麦粉を併せたものを
ペースト状に布に塗り広げ
これを腹水で張ったお腹の皮膚表面に貼り付けます。
そして汗として腹水を体表から吸い出すという手当です。

浸透圧という物理化学の原理によって
腹水中の水分のみが
お腹に貼った里芋と小麦粉の混合物の中に移るために
腹水が減少する、と考えられます。


と、あった。
毎日の事なので、いろいろ調べた結果
粉末を買い、朝と夜にサラシに塗り広げて
夫のお腹に張り、腹巻きで固定した。

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2011年8月 3日 (水)

方向性

私は思いきって提案したくなっていた。
「もう、ゲルソン療法をやめて
好きな物を好きなだけ食べない?」


そう言いかけてやめてみた。
腹膜播種になってから
仕事を続けると
夫が言い張った時も同じだった。

仕事は、もう無理なんじゃないか?
でも、夫から仕事をとりあげてしまったら
もう命は長くないと言われているようで
治療もやる気をなくすんじゃないか?

そう思ったのよりも
今回は、はるかにせっぱつまっていた。

私がゲルソン療法をやめないか?
と、提案する事は
私が、すでに夫の命に対して
あきらめている事であり

夫にとっては
もう先はそんなに長くはないから
何でも好きなものを食べて
好きな事をして過ごそうよ

・・・と、言われているようなものだからだ。

そんな中、私がお風呂から出ると
夫は本を読んでいた。
ガンの本だった。

そんな本が置いてあっても
パソコンが置いてあっても
今まで夫は、それを読んだり
調べたりした事などなかった。

私が近くへ行くと、ぽつんと言った
「俺・・・この本読んだら
俺の状態、凄く悪いんじゃない?
もう、あと何ヶ月もないかもしれないなshock

静かに消えいるような声だった。
私は、ゲルソン療法をやめる事を
提案しようか迷ったあげく
全く動じないふりをして夫に言った。

「それって
抗ガン剤だけでやってる場合でしょ?
ゲルソン療法やっていて
ガンに栄養が行かないって事は
その本と同じじゃないって事じゃないcoldsweats01


あ~・・・
私は思いもよらない事を言ってしまった。
夫の残りの人生から
食べる楽しみを奪ってしまった。

その事は私にとって、この時から
ずっと心にひっかかってきていた。
今になっても振り返って思う事がある。

夫は、ガンに対しての痛みは
一回も訴えた事がなかった。

そして、亡くなる4日前まで仕事に行き
量は減ったり食欲がない日もあったものの
栄養の点滴でも、流動食でもなく
普通に食事をしてきたのは
ゲルソン療法のおかげだったんじゃないか?って・・・

夫にとって、その方向が
良かったのか悪かったのかは解らないが
とにかく生きる望みを失わない方向性に賭けてみた。

私は自分の事に対しては
とことん後ろ向きなくせに
人を励ます事に関しては
とことん前向きだな・・・と
心のどこかで思っていた。

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