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2011年9月

2011年9月28日 (水)

緩和ケア

検討した二つの病院は
両方とも緩和ケアがある病院だった。

いよいよとなれば不安をかかえ
不信感を抱きながら
不満だらけの医師にかかっているよりは
緩和ケアに入る覚悟をしたほうがいい。

夫は、それでもまだ
生きる事の望みを捨ててはいなかった。

緩和ケアの事をどう思っているのだろうか?
そう心配にもなったが
夫は最後の望みにかけているようだった。

夫が診てもらいたい医師がいる病院へ行った。
娘のアパートへ行きながら
何度か前を通った事がある。

娘が車を塀にぶつけた時
少しのケガだったが
その病院で手当もしてもらった。

パイパス沿いにある
交通の便の良い
普通の総合病院だった。

その病院の他に検討していた
もう一つの病院は
レオパレスから15分ほどのところだった。

とっても近いのだが
昔は隔離病院だったと言う話だった。
助からないガン患者は
最後は、この病院に入るのだど噂する人もいた。

その病院は、山の中腹にあり
樹木が生い茂る薄暗い林の中の一本道を
長い間走ってやっと辿り着くようなところにあった。
大きい病院のはずなのに、すれ違う車もなかった。

病院はそれなりに日当たりも良く
近いと言うのが一番良かったのだが
病院の周りを一回りすると
裏手に他と違う病棟があった。

今は使われているのか解らないような病棟だったが
林の中にひっそりと佇み
古い建物で、昔のドラマとかに出てくる
いかにも隔離病棟と言う感じだった。

晴れた日に行ったから何でもなかったが
夜や天気の悪い日に行ったら
気味悪い・・・
そう思ってしまいそうな雰囲気だった。

その前で看護師さんに車イスを押してもらって
外の空気にあたっている人がいた。

ちよっと見ただけでも
あまり長くは生きられないのかもしれない・・・
そんな雰囲気の患者さんだった。

夫は、そんな様子を見て
「なんだか、ここの病院はイヤだなshock
と、つぶやいた。

「一番の希望の病院に転院できるように
先生に言ってみようよ。
今のままなんて、自分で納得できないでしょう?」

そう言ってみた。

夫は
「そうだな・・・
もう、あの先生にかかっていても
何もしてくれないもんな」
と、決断したような顔つきになった。

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2011年9月25日 (日)

冷たい医師

転院に対して
なかなか重い腰をあげない夫だったが
体調が悪くなるにつれ
なおさら冷たくなる医師の態度に
やっと動いてみる気になったようだった。

それには2回前のブログに書いたように
いろいろハードルは高いが
とりあえず希望している病院の場所を見てこよう
と言う事で二人で病院まで行ってみた。

かかっている病院はレオパレスから30分ほど
希望している病院は1時間はかかる。
高速を使っても遠くを経由して行くので
時間の短縮は望めなかった。

それでも娘のアパートからは近く
今まで自宅に住んでいて
高速で1時間かけて病院にかかっていた事を思えば
遠い距離ではなかった。

私達は、もう一つ病院を検討していた。
かかっている医師は冷たく
いつでも突き放したような言い方しかしない。

それでも、最初の胃ガンの手術をしてもらった事もあり
この人に見放されてしまったら・・・
と言う思いから不信感を募らせながらも
仕方なくついてきたようなところもある。

そんな人格者とは呼べないような医師が
転院をしたいと告げた時
次の病院に引き継ぐ手配を
きちんとしてくれるだろうか?

そんな医師だったから
腹膜播種と解った時
セカンドオピニオンを受けたい気持ちはあったが
一歩を踏み出せないで来てしまった。

もしも希望している病院が
受け入れてくれなかった場合
今の医師しか頼れなくて戻ってきたら
今の医師は、もっと冷酷になるんじゃないだろうか?

それが恐かったと言うのが
一歩を踏み出せなかった最大の理由だった。
希望している病院が受け入れてくれなかった時
他の病院も検討してみようと言う事になった。

どの病院でも他の病院にかかっていて
もはや末期のようになっている患者を
その状態から引き受けると言うのは
大変な事に違いないのだ。

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2011年9月22日 (木)

尊重

2010年1月・・・
正月も終わり夫は会社へ行き始め
医師への不信感から転院も検討し始めた。

私は自分がいろいろな思いをしてきたせいで
相手の立場に立って考えてしまう事も多い。
だから甘える事も、愚痴る事も上手にできない。

ついつい、相手の気持ちを考えすぎて
断る事が苦手だったり
強引に物事を進める事もできなかったり
一歩踏み込んでみられなかったりもする。

あらゆる場面で引っ込み思案で
優柔不断で
自分から行動を起こすことも少なくて
消極的で受動的で・・・そんな自分も嫌いだった。

そんな私の性格のせいで
夫を強引に引っ張る事ができなかった。
もっと早くセカンドオピニオンを勧めたり
転院を提案してみるべきだったのかもしれない。

夫のほうは何事に対してもすぐに動く事をしない。
結婚生活においても
私が話を持ちかけても結論を後回しにしたり
話が流れてしまったりする事も多かった。

結婚して何年かしてやっと解った事だが
夫は複数の事を考える事が
人一倍苦手なようだった。

一つの物事しか考えていない人なんて
いないとは思うが
夫は、仕事や趣味の事ばかりで
他の事は考えたくないようだった。

夫にお伺いをたてて結論を待って
結論を先延ばしにされてるうちに
チャンスを逃してしまったり
手遅れになってしまった事など数知れなかった。

そんな相談にも乗ってもらえなくて
ずいぶん淋しい思いもしてきた。
そのせいでたくましくもなったのだとは思うが・・・

私は優柔不断で
消極的で受動的なくせに
相当、気が短い。

そんなせいで自分から積極的には動かないものの
いつかはやらなければならない事や
子供の事や家の事で放ってはおけない事は
自分で結論を下して自分で調べて動き
自分で全てを担ってきたようなところがある。

そのせいで、家庭の中では男女が逆転していた。
夫は私に相談して私のOKが出ないと動かない。
私のほうは、いつしか
夫にお伺いをたてなくなった事も多かった。

セカンドオピニオンの事も転院の事も
私が何度も話を持ちかけてみても
「もう少し様子をみてから・・・」
とか
「わかってるけど、今はまだ考えたくないgawk
とか、そんな事ばかり言っていた。

他の事とは違って
私が下した結論に
私が責任は持てなかった。

夫が納得して
自分で後悔を残らないようにする・・・
それを尊重するあまり
私のほうも何もできないで来たようなところもあった。

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2011年9月17日 (土)

不信感

2010年1月4日(月)
仕事初め・・・
夫はレオパレスから歩いて会社へ行った。

寒くなってきて体にキツイだろうから
車で送ると言ってみたが、やはり
「無理になったら頼むからhappy01
と、笑っていた。

「もう、じゅうぶん無理だろうsweat01
と、思ったが
様子をみるしかできなかった。

この日は、いつもの鍼治療に行った。
むくんでいた足が少し楽になった・・・
と言って喜んで帰ってきた。

でも、年末から足のむくみはひどく
以前のように鍼をしたからといって
劇的に変わる事はないようだった。

この頃には、夫は自分の体が
どんどん悪い方向へ向かっている事に
あせりを感じているようだった。

声に力がなくなり
かすれたような小さな声で
ゆっくりと話すようになった。

そんな夫の話し方は
なかなか大人になりきれない私が
子供達の事でいっぱいいっぱいになって
子供達と対等に言い合っている時など
間に入って妙に説得力があった。

子供と言っても、相手は3人とも大人だ。
夫の事だけでせいいっぱいになっている私に
何か困ったことがあると連絡してきて
そのたびに私がイライラする事も多かった。

夫の母がいた頃は家の事や子供達の事は
なるべくかかわらないように逃げていた夫も
会社で役職につき部下の言い分を聞き
私の知らないような一面を持っていた。

そんな夫の一面を見たのは夫の母がなくなり
ようやく私の傍にいてくれるようになってからだった。
なんだか4歳しか違わない夫が
すごく大人に見えた。

自己嫌悪に陥ってもみたが
考えてみれば、私が大人になりきれないから
夫が病気であっても
毎日夫を笑わせて来られたのかもしれない。

そんな事をぼんやりと考えながら
夫と子供達のやりとりをみていた。

これから先、この人がいなくなったら
許容範囲の狭い私一人で
やっていけるのだろうか?
と、心配にもなってみた。

夫は、この頃になって
ようやく、かかっている医師に対して
不信感を持ち始めた。

私としては、以前から夫にセカンドオピニオンを勧め
納得がいかないと医師に質問したり
くってかかったりしていて
とっくに不信感の塊になっていたのに
今更かい?と言う残念な思いだった。

夫の友達の母親が末期のガンで
病院から見捨てられたのに
その病院から勧められて
緩和ケアもある病院に行った話を聞いてきた。

その方は、抗ガン剤の治療をして
今は畑とかもしながら
5年以上も生きている
と言う事だった。

その話は以前にも夫から聞いていた。
当時、そこへ行ってみよう・・・と誘ったが
夫は今の医師に悪いから・・・と言って
結局重い腰を上げなかった。

そして、この時も
その医師にかかってみたいと言ったが
やはり、一歩が踏み出せなかった。

今の医師の反応も恐かった。
そして行きたい病院の医師が
快く診てくれるだろうか?
それも心配だった。

その病院は県内とはいえ今の病院よりも遠かった。
そこで、快く診てもらえなかった場合
戻ってきたら今の医師は再び診てくれるだろうか?
夫は、心にも重い負担をかけ始めた。

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2011年9月13日 (火)

寒さ対策

寒い自宅へ帰るために
私は、あらゆるものを購入した。

今までは、私のほうが寒がりだったのだが
夫は自分が暑がりだったため
いつでも思いやりがなくて
私は良く恨み言を言っていた。

以前は夫が外で除雪をしている時も
家の中でくつろいでいる時や寝る時にも
夫の寒さの事はさほど気にしなくて良かったのだが
この年は、そういう訳にはいかなかった。

以前のブログにも書いたが
ベストの内側に発熱体をつけて
充電したバッテリーであたためるベスト。

同じような方式のルームシューズ

除雪をする時の手袋には
ヒーターグローブ

そして靴の中のヒーター

サンコー どこでもあったかインソールサン...

サンコー どこでもあったかインソールサン...
価格:1,575円(税込、送料別)

家の中で座布団代わりにしたり
膝にかけたり
寝る時は布団に敷いたりもした
家庭用温熱治療器

ガン細胞は高温に弱いと言うので
お腹に巻いたりもした。

夫はあきれていたが
インターネットで調べて
そんなものでも買っていないと
どうにかなりそうだった。

それでも私が買って次々と差し出すと
何も言わずに黙って身につけていた。

2010年1月3日(日)
TS-1の9クール目が終わった。
そして、この日、次の日が仕事初めのため
自宅をあとにしてレオパレスに戻った。

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2011年9月 7日 (水)

除雪

2010年の正月は
31日からの大雪に始まり
元旦、2日と降り続き
3日になってようやくやんだ。

夫は毎日除雪をしていた。
雪なんて、春になれば消えてしまうくせに
どうしてこんなにも存在を主張するのだannoy
本当に腹が立った。

いつもなら、あたたかい甘酒を作って
時々、除雪をしているところに持っていくのだが
この年は食事療法をしているので
そんな訳にはいかなかった。

有機大麦・麦芽・チコリ・ライ麦・イチジクからつくった

を、あたたかい豆乳と混ぜてココアのようにして飲ませたり
ハーブティを持って行って飲ませたりした。

夫は何回言っても除雪をやめなかった。
1月3日(日)TS-1の9クール目が終了した。
この日は3日間降り続いた大雪がやみ
やっと晴れ間が見えた日だった。

夫は相変わらず除雪機を動かしていた。
屋根の雪は降ろさなくてすむように
傾斜を急にして自然に落ちるようにしてある。

その代わり落ちた雪は山のようにたまり
最終的には自宅のほうへも迫ってくる。
自宅で使っている除雪機は

この大きさのものでかいても
除雪は家の南側だけで4時間
裏の北側までかけば8時間近くかかる作業だ。

私は、いい加減うんざりしていた。
何のために自宅に帰ってくるんだよ。
狭いレオパレスよりも落ち着くからとか
ゆっくりできるからとかなら、まだ許せる。

雪から家を守るため?
寒いのを我慢して
体の事よりもそんな事を優先するんなら
家なんていらないよ

そんな事を思いながらいると
玄関が開いて変な音がした。
あわてて行ってみると夫が倒れていた。

「何したん?sweat01
と、聞くと
「除雪機に挟まれたbearing
と言いながら足を押さえていた。

シップを貼りながら聞くと
除雪機をバックさせていて
足をすべらせて
除雪機と壁の間に挟まれたと言う。

普通なら安全装置が働いて
除雪機は止まるようにできているのだが
なにせ体が利かなくて安全装置のきかない
死角に体が入ってしまったらしかった。

安全装置が働かなかったために
後ろは壁なのに除雪機はどんどんバックしてくる。
夫は壁に押しつけられて
除雪機のバーが足にくいこんできたらしかった。

このままだと危ない・・・
やっとの思いで手を伸ばして
除雪機を止めたと言う。

そんな事は普通は起きない事なのに・・・
私の怒りは爆発した。

「もぉ~・・・いい加減にしてよbomb
なんで、そんな思いまでしなくちゃならないの?
こんな家、どーだっていいよ。
もう、レオパレスに帰ろうよannoy
体のほうが大事だよぉ~crying


いつもの鍼の先生に連絡すると
休みでも診てくれると言うので
荷物をまとめてレオパレスに帰り
鍼へ連れて行った。

幸い足のほうはたいした事なかった。
私は夫に
「除雪はお金を出しても
近所の人に頼もうよconfident

と持ちかけてみたが

夫は
「どうしてもできなくなったら、そうするよdespair
としか返事をしなかった。

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2011年9月 4日 (日)

新年の挨拶

この年の正月は
元旦の初詣をとりやめ
駅伝も見に行きたいと言っていたのだが
それも夫はとりやめた。

それは弱音を吐く事もなく
後ろ向きなことを言う事もなかった夫の
体調の悪さを物語っていた。

それでも2日にはお仲人さんの家に
新年の挨拶に行った。

数組の仲人をしている方なので
毎年他の人達は家族できて集まり
飲んだり食べたりしていたらしいのだが

私は、家業が忙しかったため
新年の挨拶は結婚した年と
夫の母が亡くなってからの数回しか
行った事がなかった。

30年近い結婚生活で夫は25回ほど
一人で新年の挨拶にきていた。
そして、これも最後になるのかもしれなかった。

チャイムを押すと奥さんが出てきた。
私達を見ると、びっくりしたような顔をして
ご主人を呼びに行った。

二人は頼まれ仲人であるが
夫の会社の上司で
すでに退職をしていた。

ご主人も出てきて夫の顔をみるなり
顔色が変わった。
あきらかに動揺して戸惑っているのがわかった。

私は夫を毎日見ているから
そんなにはわからないが
他の人からしてみたら
凄く変わってしまっているのだろうと思った。

それでも
「おぅ、元気そうじゃないか?happy01
と笑っていた。

夫は
「それなりに良い時もあるんですよcoldsweats01
と、せいいっぱい笑ってみせていた。
寄って行くようにいわれたが遠慮した。

そして、そのあと私の実家へ行った。
これも夫婦で正月になど行ったのは
片手で数えるくらいしかなかった。

夫の病院が実家から近いので
私の両親は夫をたびたび見ていたが
土気色が濃くなってどんどん痩せていく夫を見て
だんだん言葉をかけにくくなっているのがわかった。

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2011年9月 1日 (木)

正月

2010年元旦
自宅は山の谷間にあるために
日の出が見られるのは10時過ぎてから・・・

初日の出と呼べるものなど
自宅からは見た事がなかった。
もともと、元旦などは雪が降り続いていて
晴れる事など滅多になかった。

夫は正月をどんな気持ちで迎えたのだろう?
私は、もしかしたら夫と迎える
最後の正月になるのかもしれない
そんな事を思っていた。

来年の正月は喪中なのかなぁ~despair
冷めていると言うか冷静な自分もいた。
どこかに覚悟を決めている自分。

夫は毎年年越しの晩から元旦にかけて
氏神様にお参りにいくのをかかさなかった。
村の人達は、そこに集まって
お酒を飲みながら明るくなるまでいたりする。

元旦の10時からは公民館に集まり
さらに飲んでいる。
夫は暮れに山の斜面にある氏神様への
道の雪をかいたりする人足にも参加した。

私は嫁いでから
元旦は家業が忙しくて
初詣と言うものには行った事がなかった。

土地になじめなかったせいもあって
氏神様に行ったのは家業をやめてからも
数回しかなかった。

夫は、この年の正月も
山の斜面にあり
しかも雪が降り積もっている氏神様に
夜中の12時頃に行くと言っていた。

私が
「今年なんか、そんな体じゃ無理じゃない?
神様はわかってくれるよconfident

と言ってみたが聞くような夫ではない事もわかっていた。

夫がどうしても行くようなら
私もついて行くしかないな・・・
そう思っていた。

あたたかいレオパレスから自宅にきて
夫は寒さに閉口していた。
それでも、大晦日は何もしなくて良いように
準備を整えてソファーに横になっていた。

2階のベッドで寝てくれば・・・と、言っても
言う事をきかなかった。
レオパレスだったら居場所がないから
いつでもベッドに横になってテレビを見ているのに・・・

ゆっくりできない夫をみているのが辛くて
余計に自宅が嫌いになった。

夜中の11時半を回った頃
「お参りに行くの?」
と、聞くと
「やっぱり、やめとくdespair
夫がこんな事を言ったのも初めてだった。

私は、なんだか嫌な予感がしていた。
こんな山奥の自宅にきていて
しかも、年末年始の病院が休みの時に
もしもの事があったら、どうしよう・・・

私は自宅にいる間じゅう
夫が眠っていると
生きているのか心配になって
鼻に手を近づけてみたり
布団を直すふりをして鼓動を確認したりしていた。

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