« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

2011年12月28日 (水)

ありがとう

あと3日で2011年も終わろうとしています。
今日は、年越しに当たって
闘病記ではなく
少し違う事を書こうと思います。

このブログを訪問してくださる方
そしてコメントをくださる方
ガン患者をかかえて苦しんでいる方

いろいろな人に励まされながら
そして支えてもらいながら
お互いの苦しみを分かち合いながら
今の私がいますconfident

昨年2010年2月2日に夫が亡くなり
しばらくはブログからも遠ざかっていましたが
心配してくれる方もたくさんいて
ブログを再開する事ができました。

ブログの再開にあたっては
私が夫の闘病中に
胃ガンや腹膜播種の患者さんや
その家族が書いたブログを
参考にさせてもらった事もあり
その時にありがたかった情報を
夫の状況をもとに綴ってきました。

今までの「おちゃめ」なブログから
急に切羽詰まったものになってしまって
驚いた方も多いと思います。

昨年の6月から
1年半も闘病記を書いてきましたが
ここへ来て進み具合が遅くなりました。

早くすると、夫がいなくなってしまうからです。
・・・って、状況を知りたい人は
その後って、どんな事になるの?
って、思ってしまいますよねsweat01

ブログを通じて
いろいろな方と知り合う事ができました。

ゲルソン療法を教えてくれた方
・・・自分の家庭の事も大変なのに
いろいろ教えてもらいました。
今も交流のある大切なお友達です。
来年は、きっと会えると思います。

メールを通して
そっと静かに見守ってくれた方もいます。

以前から時々おかしなコメントを入れて
笑わせてくれた方
・・・急に途絶えた私のブログに
コメント欄で最初に私の状況を心配してくれました。
そして今年の東日本大震災で被災され
大切な方を亡くされました。
ご冥福をお祈りするとともに
1日も早い復興をお祈りいたします。

毎回コメントを入れてくれる方
・・・大切なお父様を同じ病気で亡くされて
同じような経験をし
私のブログを通じて同じような事を思い
同じような事を考え
そして想い出を語ってくださいます。

自分が同じ病気になって
手術をして1年半が経過して
仕事も頑張っている方・・・
あなたが元気でいてくれる事も
私の励みになっています。

ブログからメールのやりとりをしている
北の大地で一人で子育てを頑張っている方
・・・お互い頑張ろうね。
そして、いつか遊びにいくからね。

この闘病記の最中に
旦那様が同じ病に倒れ
同じような経過をたどり
そして旅立たれて行った方もいます。

私がしてきたように
いろいろなフレーズでひいたり
ブログ村から訪ねてきたりして
なんとか身内が助かる手立てはないものか?
良い情報はないか?
そう思いながら辿り着いた方もいます。

そして、病の方を抱えて
その大切な方を思いながら
その人が今は生きている・・・
そんな証を残すように
私のブログにコメントを残して行く方もいます。

その他にも、たくさんの方が訪ねてくださって
夫の生きてきた道
そして頑張ってきた事を
多くの人に読んでもらえて
きっと夫も喜んでいると思います。

そして、昔からの大切な友達
夫を亡くした私を気にかけてくれて
何かと助けてくれます。

忘れてならないのが
夫が残してくれた子供達。
三人とも社会人になって
最近は私の事も気にかけてくれるようになりました。

みんな、みんな、本当にありがたいです。
今年は感謝の年になりました。

来年は、いろいろな思いをしている方が
少しづつでも前向きに明るく生きられますようにshine
晴れる日が多い事をお祈りいたしますsun

良いお年をお迎えくださいheart04

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2011年12月25日 (日)

食べてはいけないもの

家に帰ると、夫は食欲があるらしく
珍しく夕飯を楽しみにしていた。
今までは、腹水のせいで胃が圧迫されて
食べられなかったのだろうと思った。

夕飯を食べてお風呂に入って
パンツだけで現れた夫のお腹を見て
私は愕然とした。

あの時、あんなに腹水を抜いて
お腹が陥没するほどぺちゃんこだったのに
もうお腹が膨らみ始めていた。

おへそからだいぶ下のほうが
しずく型に膨れていたので
ご飯を食べたせいではないのはすぐ解った。

それでも夫は
「体重は1キロ以上減ってたよhappy01
と、私に報告した。

私は、夫に又お腹が膨れ始めている事を
指摘しそうになって、やめた。
夫の体重は前日が54.7キロ
そして、この日は53キロになっていた。

病院から出された薬も飲んだ。
以前の病院で出された時には
飲む事をやめていたモルヒネも飲んだ。

夫は
「だるいとか、息苦しいとかはあっても
痛くはないんだよなぁ~sweat02

と言いながらモルヒネを飲んでいた。

2010年1月25日(月)
以前かかっていた病院の泌尿器科で
21日(木)に検査をした結果を聞きに行った。

病院も変えてT病院のS先生にも診てもらったが
特別問題はないとの事だったので
結果はどうでも良いとは思ったが
夫は一応行ってみると言うので連れて行った。

結果は腫瘍ではなく炎症で腫れていて
今度の病院での薬を飲んでいる事を話したら
それで、特別に処置は必要ないとの事だった。

1月27日(水)
会社が終わって6時から送別会があった。

夫は、味のない野菜以外
食べる事も飲む事もできないが
いつも通り出席した。

・・・はずだった。
夫が帰るまでのんびりしていた私のもとへ
少し早目の時間に迎えきてほしいと電話があった。
電話の声は調子が悪そうだった。

あわてて迎えに行くと
車に乗ったとたんに夫は
「なんだか調子悪いんだsweat02
と、言った。

「何したん?sweat01
と、聞くと
「てんぷら食べたのが悪かったのかな?sweat01
と、言った。

「てんぷらぁ~?coldsweats02
私は、びっくりした。
普通の油は、ゲルソン療法を始めてから
食べさせていなかった。

そのまま使う油は「アマニ油」を使っていたし
熱して食べる油は「オリーブオイル」を
少量使っていただけだった。

「油なんか駄目だって、わかってるじゃない?sad
と、言うと
「野菜のてんぷらだったから良いと思ったんだweep
と、苦しそうに言った。

腹水を抜いて
体調が少し良くなったような気になったのが
災いしたのか
夫は食べてはいけないものを食べてしまった。

そして、夫はベッドの上で
一晩中苦しそうにしていた。
「病院に電話して行ってみようよ」
と、言っても
「朝まで様子みてから」
と、言ってきかなかった。

朝になると、夫はケロッとしていた。
私は少し安心したが
医師が言った「もって、あと一週間」
もう、すぐそこにきていた。

ブログランキングに参加しています!
クリックしてくれたら嬉しいなぁ・・・heart01
↓↓↓
にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月21日 (水)

腹水を抜いてもらって・・・

医師から説明を受けて呆然としながら
処置室にいる夫のところへ向かうと
夫は、にこにこしながら

「ほら、お腹ぺちゃんこになったよ。
その代わり両端の骨盤の骨が
やたらと目立つけどhappy01

と、言った。

夫のパンパンに膨れていたお腹は
腹水を抜いたせいで
両側の骨盤の骨がでっぱっているだけで
真ん中は陥没するようにへこんでいた。

夫のお腹は妊婦のようだったし
お腹の皮だって、伸びるのに大変だったと思う。
お腹が膨れて皮が伸びるのを
良く痛がっていた。

ズボンのベルトを締めながら
「ベルトも、すごくゆるくなったsmile
と言って笑っていた。

そして
「どこかへ行ってたん?」
と、聞くので
「ちょっと電話がかかってきちゃってたんだよcoldsweats01
と、言ってごまかした。

この日、夫は2.8リットルの腹水を抜いた。

医師は、帰り際に
「具合が悪かったら、いつでも連絡してください。
夜中でもなんでも
ベッドも空いていますから
我慢しないで、どんな事でも言ってください」
と、言ってくれた。

今までの病院とは
天と地ほど違うと思った。
ありがたかった。
抗ガン剤を止めた代わりに出た薬は

ボルタレンサポ(座薬)
炎症をしずめて
腫れや発赤、痛みなどの症状をおさえます。
熱を下げる作用もあります。
ただし、対症療法薬ですので
熱や痛みの原因そのものを治すことはできません。

ノバミン
脳の中枢に直接作用して
精神病に伴ういろいろな症状(幻視、幻覚など)を
改善する作用があります。
また、手術前後の不安による吐き気などにも用いられます。


オキノーム
塩酸モルヒネと同様の鎮痛作用をもつ薬で
その鎮痛作用はモルヒネに比べて
数倍強いといわれます。
痛みの程度により
塩酸モルヒネと使い分けます。
がん疼痛のような
持続する強い痛みに苦しむ人には大変な救いとなります。


リンデロン
いわゆるステロイド薬です。
炎症をしずめたり
免疫系をおさえる作用があります。
炎症性の病気、免疫系の病気
アレルギー性の病気などに広く使用されています。
たとえば、膠原病、ネフローゼ、関節リウマチ
重い喘息、ひどいアレルギー症状
めまい、耳鳴り などに用います。

オキノームは今までの病院と同じものだった。
つまり、モルヒネだった。
やはり、ここでも出されたのだ・・・と、思った。

気持ちが重くなってしまった私とは対照的に
抗ガン剤から解放され
腹水を抜いてもらった夫の顔は明るかった。

帰りの車の中で
機関銃のように話をしていた。
私のほうは、運転もしていたし
上の空で話に相づちをうっていた。

ブログランキングに参加しています!
クリックしてくれたら嬉しいなぁ・・・heart01
↓↓↓
にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年12月18日 (日)

がん患者はがんでは死なない

医師の前に座ると医師は
「看護師も私も
勝手に娘さんだと思ってしまったので・・・
奥さんがいない方で困ったと思っていたんです。

でも、奥さんで良かった。
できれば、ここまできて
本人に話さないほうが良いと思いますので・・・」

と、最初に言った。

そして
「腹水を抜いて検査をした結果
腹水の中からガン細胞が見つかっているので
腹膜播種に間違いありません」

と、言った。

今まで、ガンと言う確証がなくて
どうしても信じられなくて
そういう検査をしてもらいたかったのにもかかわらず

以前の病院では何度お願いしても
検査をしてもらえなかったのに
そんなに簡単にできる検査だったなんて・・・
と、私は混乱していた。

そして医師は
「ご主人は、持ってあと1週間くらいだと思います」
と、つけ加えた。

私は、唖然とした。
「先生、体調は良くないかもしれませんが
毎日会社も行っているんです。
とても、そんなに早くとは思えませんsweat02

と、聞き直した。

医師は
「お気持ちは解ります。
今までの病院の医師は若い方でしたか?」

と、聞いた。

「はい。たぶん40歳くらいではないか・・・と」
と言うと
「今の若い医師は
薬の止め時と言うのを知らないんだ。

助からないものであっても
一番良い時で薬を止めれて
あとは惰性で生きれば
もっと、ずっと長く生きられたのに・・・」

と、言った。

一番良い時・・・
私は、前年の9月頃
夫がこのまま治るんじゃないか?
と、思うほど体調が回復した時の事を思い出した。

あそこで抗ガン剤を止めれば良かったのだ。
結局は、続け過ぎた抗ガン剤によって

健康な内臓も、細胞も攻撃され
そのせいで夫の命は終わろうとしていた。

前年の9月
あまりの体調の悪さに我慢できず
抗ガン剤を少しやめていた時期に体調が回復し
まるでガンなどなくなってしまったようになった事が
夫の頭の中にはあったのだと思った。

その時の話はコチラ(←良かったらクリックして読んでください)

だから医師から抗ガン剤をやめる事を提案された時
夫は自分の体調の悪さは
抗ガン剤のせいであり
抗ガン剤さえやめれば
ガン自体は小さくなっているに違いないのだから
体調も良くなり、このまま治ると信じていたのに違いなかった。

「がん患者はがんでは死なない」
どこかで見たフレーズが
頭の中でぐるぐる回っていた。

ブログランキングに参加しています!
クリックしてくれたら嬉しいなぁ・・・heart01
↓↓↓
にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

【送料無料】がん患者はがんでは死なない

【送料無料】がん患者はがんでは死なない
価格:861円(税込、送料別)

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2011年12月14日 (水)

ただ事ではない話

医師からの言葉を
全く違う方向性で理解した夫は、医師に
「腹水があって苦しいので
抜いてもらいたいのですが・・・」

と言った。

医師は
「そうですね。
これだけ腹水があったら苦しいでしょう。
腹水をぬきましょうねconfident

と、たやすく言った。

そして、夫は処置室へ行き
腹水を抜いてもらう事になった。

しばらくして、看護師さんが私に
「もうすぐ終わりますから
処置室に入ってください」

と、呼びにきた。

処置室に向かっていると
あわてて看護師さんが走ってきて
「先生のお話があるので
診察室のほうへお願いしますsweat01
ご主人に見つからないようにしてください」

と、言い診察室へ案内された。

そして
「ごめんなさい。
先生も看護師も娘さんだと思っていたので
説明をするのに本人と一緒にと思ったんですcoldsweats02

でも、『娘さんを呼んできますね』と言ったら

『みんな間違えるんですけど妻なんですcoldsweats01
と言うので、奥さんだったら
一人でお話を聞いていただこうと思って・・・」

と、あわてた様子で早口に説明した。

「ご主人に呼んでくると言ってしまったので
心配されると困るから
待合室にいなくて探してきたと言う事にしますが
大丈夫ですか?」

と聞かれた。

私は、これはただ事ではない話なのだ
と、思いながら、うなずいた。

ブログランキングに参加しています!
クリックしてくれたら嬉しいなぁ・・・heart01
↓↓↓
にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月11日 (日)

理解の方向性

待合室で待っていると
名前を呼ばれて
中待合で待つように言われた。

診察の時が迫ってくると
あらゆる不安が押し寄せてきた。

それでも
夫はもっと不安なのだろうと思い
私は楽しい話をして
夫を笑わせていた。

診察の順番が回ってきて
初めて医師に会った。
マスクをして口もとは見えないが
年配の神経質そうな人に見えた。

紹介状に目を通して
今までの流れを聞いてきた。
私達は今までの医師とのやりとりを
正直に話した。

S医師は一通り話を聞くと
「それでは、検査をしましょう。
検査の結果はすぐ出ますからね。
何度も足を運ばなくても良いように
今日のうちに必要な事は全部してしまいましょうconfident

と、言った。

私達は
「ホームページに書いてある通りだgood
と、思い、お互いの顔を見合わせて笑った。

検査の場所へ案内され
夫は血液検査や
MRIの検査をしたようだった。

検査が終わってしばらく待つと
医師のもとへ呼ばれた。

医師は
「薬は、もうやめましょう。
もう、充分でしょう」

と、言った。

私は
「本当に、もう長くはないのだsweat02
と、その言葉から悟った。

夫は、私のほうを見て
「もう、薬は飲まなくて良いんだってhappy01
ガンは小さくなってるんかな?」
と、言いながら無邪気な顔で笑った。

私は、少しびっくりしたが
夫の大きな勘違いは
なんとなく私をホッとさせるものだった。

夫は、いつもそういう人だった。
私と全く違うふうに
解釈する事が多かった。

だから、夫の母の事で
私が生きている事すらイヤになった時でさえ
私がストレートに言えなかったせいで
私の状況を掴んでくれる事はなかった。

私のほうは本当に辛い時こそ
なかなか言葉には出せないほうだし
夫が一緒にいても
夫の母からの攻撃はキツかったのだから
言わなくても、わかってほしかった。

できれば、私の状況をみて
そういう事を理解してくれる人だったら
私的にも良かったのだろうが
人一倍理解の方向が違っていた。

解ってもらえない事が多くなると
こちらは、なおさらかたくなに
素直でなくなって
弱音すら吐かなくなった。

夫の前で感情すらも
押し殺すようになって
夫の母親が生きているうちは
喜怒哀楽すら表現しなくなっていたように思う。

そして、夫はこの時
自分の人生にとっての
最重要な事すらも
全く違う理解をしていた。

ブログランキングに参加しています!
クリックしてくれたら嬉しいなぁ・・・heart01
↓↓↓
にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年12月 7日 (水)

待合室で・・・

今までの病院の消化器外科には
もう行く事はなくなったのだが
無理を言って診てもらった泌尿器科の診察は
まだ残っていた。

2010年1月21日(木)
朝食を食べずに泌尿器科へ行き
MRIを撮ってもらった。

結果説明は1月25日(月)になる
と言う事だった。

2010年1月22日(金)
この日は念願の
転院を希望しているT病院の
診察に行った。

他の病院でガンの診断を受け
余命数ヶ月の宣告をされ見捨てられたのに
もう5年以上も生きていると言う
夫の友達の母親を治療した医師に
診てもらうためだった。

ホームページで調べて
医師がいるのは
月曜と金曜だと言う事だったので
水曜に紹介状を受け取ってから
一番早い金曜日に行く事に決めたのだった。

初診の受付をし紹介状を渡し
待合室で待っていた。
今までの大病院とは違い
待合室もそれほど混雑していなかった。

なんだか、ゆっくりと時が流れていた。

今までの病院は
窓もなく薄暗い待合室の中
混雑して座れない事も多かったのに
全く違う雰囲気だった。

これまでは待つ時間も長く
何でもない人でも
病気になりそうな雰囲気だったのに
T病院は、ゆったりと待合室にいられた。

夫は心配そうに
「先生、診てくれるかな?」
と、つぶやいた。

今までかかっていた医師から
末期のガン患者で
他の病院でここまで治療してきた人を
快く受け入れてくれる病院はない
と、言われた事を気にしているようだった。

私は
「ホームページには
とっても良い事書いてあったよ。
それに、その先生に診てもらった人は
本当に人格者だって絶賛してたから
患者を見捨てるような事は絶対にしないよhappy01

と、言って笑ってみた。

本当なら、私のほうが心配で
夫に同じ質問をしたいくらいだった。

心配で張り裂けそうな思いを
かかえていたとしても
どこまで行っても私には
強がって突っ張るだけの人生しか
与えられていない。

いつでも、「頑張って」「ファイト」
と、にぎりこぶしをにぎって自分に声をかけ
相手を励ましたり自分を奮いたたせて
一人で歩くしか道はないのだ。

甘えたり頼ったりしたい時だってあるけど
いつからだか封印されているように
私に、そういう状況が訪れる事はなかった。

ブログランキングに参加しています!
クリックしてくれたら嬉しいなぁ・・・heart01
↓↓↓
にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月 4日 (日)

体調の変化

2010年1月20日(水)

転院するための紹介状を
やっと手にした私達だったが
この頃になると夫の状態は
やっと生きている・・・と言う感じだった。

相変わらず気力だけで会社へは行っていたが
帰ってくると、とても具合が悪そうにしていたので
少し前から送り迎えをしていた。

食事は・・・と言うと
朝も小さい薄切りの
全粒粉のパンを食べるのがやっとだった。

食欲もなく、固形物を飲み込むのが
大変になってきたようだった。

少ない量でさえ食べる事が大変になってきたので
豆乳に有機大麦・麦芽・チコリ・ライ麦・イチジクで
できている「オーガニック ノーカフェ」を入れて
きび砂糖で甘みをつけ、パンを少し煮て食べるようにした。

昼は玄米のおにぎりと
ふかした根菜を持って行っていたが

おにぎりを一口大にして
そのまま口の中に入れられるようにしたものを
いくつか持たせるようにした。

夜も固形物を食べるのを嫌がるようになったので
鍋物が多くなった。
野菜を細かく切って柔らかく煮て
玄米のご飯を入れておじやのようにして食べていた。

血圧は安定していたが
腹水の影響か
腰をはじめ体のあちこちに
多少、痛みがあるようだった。

足のむくみが大きくなり
夜中にやたらと
喉の渇きを感じるようになった。

だるさもひどくなり
会社に行く時と風呂に入る時
ごはんを食べる時以外は
ほとんどベッドに横になっていた。

それでも11月から通い始めた
週1回の太極拳(←良かったらクリックして読んでね)
休む事なく行っていた。

教えてくれる方は一生懸命で
夫を指導してくれるのだが
腹水で思うように動けなくなってしまった夫は
指導される事が多く

私は、そちらに気をとられてしまって
上の空になってしまい
私も指導される事が多かった。

機会があったら夫の身体の事を話して
気分転換と少し身体を動かすくらいで良いので・・・
と、話をしようと思いながら
夫がいるとなかなかそんな話もできなかった。

ブログランキングに参加しています!
クリックしてくれたら嬉しいなぁ・・・heart01
↓↓↓
にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »