« 不安 | トップページ | 急変 »

2012年1月28日 (土)

子供達と

しばらくすると、夫の姉がきた。
夫は私に
「連絡したんだ?・・・心配させなくても良いのに」
と、言った。

姉が帰ると長男がきた。
夫は自分のお腹を見せて
「こんなんなっちゃってるんだ」
と笑い
「早く治して仕事に行かないと・・・」
と、話していた。

長男は帰る時に
「お父さん、あんな事言ってるけど治るん?」
と、聞くので

「お父さんには話してないんだけど
もう危ないらしいんだ。
いつ連絡が行っても来られるようにしといてね」

と、言っておいた。

長男は複雑な顔をしていたが
「わかった・・・」
と、言って帰って行った。

この日は腹水を500ml抜いた。
夫は、脈が激しく息づかいが苦しい
腹部全体の痛み・・・
と、闘っていた。

夜遅く私も病院を後にした。
病院からレオパレスに着いて
夫にメールを打った。

夫が入院した
2010年1月30日(土)は
ブルームーンだった。

ブルームーンとは
同じ月に2度満月が起きるというのは
とても珍しいことで
占いの世界では幸運の兆しとされているらしい


その時のブログ・・・コチラ
(←良かったらクリックして読んでね)
にも書いたのだが
私は病院からの帰り道に
ブルームーンの写真を撮って
夫の携帯に送信した。

夫からは

「良く撮れてるね。
願いがかなうように
おじさんも画像でお願いしてみるよん」

と返信が来た。

結婚前に夫の事をふざけて
「おじさん」
と呼んでいた事を思い出した。

1月31日(日)は
長女と次男が夕方から来ると言うので
私は病院に午後から行って
夜遅くまでいる事にした。

午前中に具合をたずねるメールをすると

「少し血圧もあがってきたし
昨日もあれから腹水を抜いたら
腸が動き出してか、ガスが出て
その後、2回、量はたいしたことないけど
出たからちょっと安心しているところ

と返信がきた。

午後私が行って、しばらくすると長女がきた。
長女は一人で病院にいて
夫の具合が急変すると恐いと言うので
私が行くまで待機していたようだった。

長女は何か話しかけると
涙ぐみそうになるのを
必死にこらえているようだった。

長女が帰ると次男がきた。
次男のほうは今まで絶縁関係にあったので
うまく話ができないらしく
夫の話を黙って聞いていた。

夫は
「就職活動はうまく行ってるか?
お前は不器用だったり話し下手だったりして
そういうの悩んでるみたいだけど
良いところは、いっぱいあるんだ。

器用で社交的で世の中うまく渡ってる・・・
会社は、そんな人材ばかり求めてる訳じゃないからな。
良いところを認めてくれるところはきっとあるから
諦めるんじゃないぞ

と、励ましていた。

私は子供達が小さい時から家にいて
こんな事を言ってくれる父親だったら
子供はもっと伸び伸び育ったかもしれないな
と、思いながら話を聞いていた。

それでも子供達は
元気で力強い父親を見て
それなりに安心して帰路についたようだった。

この日は腹水は100ml・・・
夫は、腹水が抜ければ楽になると思うらしく
何度となく私に
「腹水、どのくらいたまってる?」
と、聞いてきた。

ブログランキングに参加しています!
クリックしてくれたら嬉しいなぁ・・・
↓↓↓
にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

|

« 不安 | トップページ | 急変 »

ガン・・・闘病記」カテゴリの記事

コメント

お淋しいですね。
ステッピーさんは、ずーっと苦労をなさってこられて、旦那様がお亡くなりになって。。

立派なお子様がいらっしゃることはなによりお幸せだと思います。

最後まで、前向きなご主人はご立派な方でしたね。。。

投稿: かこ | 2012年1月29日 (日) 00時35分

辛い気持ち 悲しい気持ち 不安な 気持ち きっと沢山沢山 旦那さんは 言わないけど 心中では 持って いたんで しょうね 周りを 不安に させないようにと 笑って 話しを したり… 自分が 亡くなる時って なんとなく 自分で 解ると 言いますが 絶縁していた 息子さんに そんな 話しを し始めるのも そんな 虫の 知らせで しょうかね うちの 父親は そういう時間も なく 意識が なくなってきて もう危篤状態に なりました だから 今まで 父親と 過ごしてきた 日々 年月の 中の 思い出や 言っていた 言葉だけが 思い出です 3月末には 早いもので 一周忌です 昨年の 今頃は 椅子に 座って 足湯を やったり でも ほとんど テレビを つけたまま 目を 閉じて 寝てました

投稿: まーめど | 2012年1月29日 (日) 09時38分

何とも言えない気持ちで読ませていただいています。
お別れの日が近づいているのですね。

画像だけ見たブルームーン、ご主人はどんな気持ちで祈ったのでしょう・・・。
お姉さまやお子様たちが来られて、ご主人は心の底で不安だったのでは・・・?

投稿: C-tan | 2012年1月29日 (日) 20時27分

かこさん
この闘病記を書いていて
最期に近づけば近づくほど
当時の事が思い出されてきました。
夫は泣き言一つ言わず
私の前で泣く事もせずに旅立ちました。
これからは、子供達と平和な日々が過ごせるよう
夫が見守ってくれたら・・・と、思っています。


まーめどさん
きっと、お父様も家族に伝えたい思いは
たくさんあったでしょうね。
そんな中で意識が無くなってしまったり
話ができなくなったり・・・と言うのは
家族もそうですが、本人は一番くやしかったんではないかと思います。
危篤とは言え、本人の気持ちはどこかにあるんでしょうから
表現できないだけで、心の中では
いっぱい家族に話しかけていたんだと思います。


C-tanさん
本人は、常に前向きな事しか言わなかったし
治ると信じていましたけど
あれだけ具合が悪くなってくると
覚悟はしていたのかもしれないですね。
でも、家族には、そんなそぶりも見せなくて
私を問い詰めるような事もしなかったのは
優しさだったのかもしれませんね。

投稿: ステッピー | 2012年2月 4日 (土) 14時20分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 子供達と:

« 不安 | トップページ | 急変 »