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2012年8月

2012年8月29日 (水)

願い

夫が亡くなってから
2年半が過ぎた。
いろいろな事は忘れていっても
ふとした時に思い出す事もある。

昔・・・恋人と別れた時
月日が経つにつれて
やっぱり、いろいろな事を忘れて行って

最後には
「あの人は、本当にいたのかしら?」
などど思ってみたりもした。

だんだんと記憶の中で薄れていき
最後には幻のようになって消えていった。
時が過ぎれば好きだった気持ちまでも
幻のようなものでしかなかった。

でも、夫って言うのは別物なんですね。

結婚してしばらくすると
恋愛感情も薄れたりもして
家族ってカテゴリーの中で
子供達と一緒にひとくくりになって・・・

亡くなってしばらくすると
別れてきた昔の彼の時のように
「あの人は、本当にいたのかしら?」
などと思う事もあるのだけど

子供達をみると
「いたんだよねぇ~heart04
って、再確認する。

30年間の二人の歴史と
残してくれた子供達が
夫が生きていた「あかし」となって
いつでも思い出す事ができる。

お子さんのいらっしゃらないご夫婦でも
戸籍をとれば
そこには、ちゃんと載っている。

籍を入れなかった人でも
毎日の積み重ねの歴史は
恋愛の途中で別れたのとは
あきらかに違う。

私の心境を歌ったような歌・・・
JUJUの「願い」

朝焼けがこぼれて 部屋を染めても
夢に彷徨うあなたに会えそうな気がして
目覚めたくない

どんなに想っても どんなに泣いても
戻らないなら 愛さなければよかった?
わからなくて

もしも願いが届くなら
痛いほど ねぇ抱きしめて
まだ あなたのいない日々の中に
答えを探してるの

「ずっとそばにいるよ」そう言ってた目は
不安な気持ちを 見透かすように
優しく守るようで

悲しみに立ちすくんでる
今の私はここにいて
そっと 絶え間なく色褪せない風に
背中を押されたよう

どんな苦しみにも
超えてくための 時間が用意されてるはず
あなたのいない場所で
一歩ずつ歩き出す

もしもあなたに届くなら
真っすぐに届けられたら
もっと 言葉じゃ伝えきれなかった
"ありがとう"を送るよ

もしも願いが届くなら
明日を愛せそうだから
ねぇ いつでもあなたは変わらずに
私の 心のそばにいてね


この2年半は
苦しみを超えていくための時間
夫のいない場所で
少しづつ歩き始めた自分。

夫が残してくれたいろいろな事。
それに支えられながら
夫がいなくなった生活にも
慣れてきた自分。

私にとって結婚生活は
過酷なものだったけれど
夫が今の私に残してくれたものは
かけがえのないものばかり。

私の方こそ言葉にできなかった
「ありがとう」
を送りたい。

そして
「いつでも心のそばにいてねconfident

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2012年8月26日 (日)

人間は忘れる動物

いろいろな人のブログを読んできて・・・
本人が書いていた闘病記は
当たり前だが
亡くなる少し前から途切れていた。

家族が、そのあと
読者に挨拶の文を
掲載していたブログもあった。

家族の闘病記を書いていて
途中で辞めてしまわれた方もいた。
本当に苦しくて辛かったのだと思う。

家族の闘病記で
亡くなられたとたんに
途絶えてしたまったブログもあった。

私も平成22年2月2日に夫を亡くし
しばらくはブログから遠ざかっていた。

夫がガンになった時
夫の病気の症状に悩まされ
不安にかられ
人のブログを読みあさり

その方の病気の状況が
いろいろな方向へ進んだりもする中
夫の症状の手がかりにもなり
とても助けられてきた。

夫の病気に良い道は
用意されていなかったけれど

腹膜播種で苦しんでいる人達に
私達が経験してきた事の中で
何かしら誰かの役に立てる事があったら

夫がしてきてしまった失敗や
最初の病院にいつまでもしがみついてしまった
そんな勇気のなさを綴る事で
誰かが一歩を踏み出す背中を押すことができたら

そして、大切な方を亡くしてしまった人が
「一人ぼっちじゃない
他にも同じ思いをしている人がいるんだ」
と、気持ちを分かち合う事ができたら

そんな、いろいろな思いから
その年の6月3日にブログを再開し
2年以上にわたって闘病記から
夫の旅立ちの事、葬儀、そのあとの事を
ブログに綴ってきた。

本当は闘病記までにしようと思ったのだが
自分でも、夫が亡くなったあとの手続きや
しなければならなかった事
うっかり忘れてしまったりした事

そんな事を調べるのにも
やはり他の方のブログのお世話になったので
亡くなったあとの事もたくさん書いてきた。

でも、衝撃的な事もたくさんあったのに
案外いろいろ忘れて行くんですね。

ブログは、私の予定表と
夫の会社の手帳
夫が病状を書き綴ったメモ
夫の携帯電話
それを合わせて書いてきました。

忘れたいのだけれど
忘れたくない・・・
そんな事もたくさんあって。

でも、このブログに全て綴ったから
もう私は忘れてしまっても良いんです。
思い出したい時には
自分のブログを読めば良いんですから・・・

誰かの言葉にありました。

人間は忘れっぽいというよりも
人間は忘れる動物なのだ。

人間が生きるという人生の上で
記憶しておきたいことばかりではない。

辛いこと、悲しいことの記憶を
そのまま覚えているとしたら
どんな強い心を持っている人だって
明日を生きるための一歩を踏み出す事が
いつまでもつらい。

そんな事が書いてありました。
多分、辛すぎたり悲しすぎたりした時に
心が壊れてしまわないように
神様は、人間を忘れる動物にしたんでしょうね。

心がなければ
忘れる必要もないのかもしれません。

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2012年8月22日 (水)

悲しみを乗り越えるための提案

夫が最期を迎えた病院からの手紙には
「愛する人を亡くした後の体験」
の他に
「悲しみを乗り越えるための提案」
と言うものもあった。

悲しみを乗り越えるための提案

ありのままの自分を表現しましょう
つらい気持ちをがまんしていると
こころが悲鳴をあげてしまいます。

恥ずかしいことはなにもありません。
泣きたい時は思いきり泣きましょう。
怒りたい時は怒りましょう。

こころにしまったきもちを
手紙にしてみるのも
いいかもしれません。


自分を責めることはやめましょう
「○○してやれなかった」
ばかりではなく
してあげられたこと
喜んでもらえた姿を思い出しましょう。


身体の健康に気をつけましょう

経験を分かち合いましょう
つらく悲しいときこそ
一人で抱え込まず誰かに話したり
同じ悲しみを経験している人と
関わることが助けになります。

私たちでよければ
いつでもご連絡ください。

大切な方を亡くした方が
集い語り合う場もあります。

当PCU病棟でも
半年に一回「わかちあいの会」として
ご家族が集う場を提供しています。

PCUスタッフ一同

と、締めくくられていた。
それから、数回
「わかちあいの会」の案内が送られてきた。

私は、何かとバタバタしていて
会には一度も参加していないが
同じ気持ちや思いをわかちあいたい・・・
誰でもが、そう思うのだと思う。

偶然だが、おととい
「わかちあいの会」の案内が届いていた。

案内が3回目の方は卒業となります
と、書いてあったので
私への案内は
これが最後になるのだろう。

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2012年8月19日 (日)

愛する人を亡くしたあとの体験

病院からの手紙は
「今の状況を気づかう内容」のものと
「家族を失った人の集まり」のお知らせと
「愛する人を失ったあなたへ」と言うものだった。

愛する人を失ったあなたへ

大切な人を亡くした人は
その悲しみから
さまざまなストレスを受けると言われます。

誰もが、その悲しくつらい道のりを歩み
やがて、その悲しみを乗り越えていきます。

その手助けになればと、この案内をつくりました。


と言う書き出しで

愛する人を亡くしたあとの体験

さまざまな感情を経験します。
悲しみ、怒り、罪悪感、不安、孤独感
無力感、開放感、安堵感・・・。

「ひとりぼっちになってしまった」
「なぜ私を置いて逝ってしまったのか」

耐えられないほどの
つらい感情の洪水から身を守るために
何も感じなくなることもあります。

しかし、ずっと続くかのように感じる
これらの感情も
時間と共に変化してゆきます。

身体の不調がおこりやすくなります。
眠れない、食欲がでない
なんだか、ぼんやりしてしまう
疲れやすいなど・・・。

これらの体験は
愛する者を失った人にとっては
自然なものです。

自分をおかしいと思ったり
責めたりせずに
悲しみの中にある自分を
大切にしてあげましょう。


と、言う内容が半分と
「悲しみを乗り越えるための提案」
と言うものが半分だった。

「悲しみを乗り越えるための提案」は
次のブログで紹介します。

確かに、いろいろな感情を味わった。
亡くなった時は、悲しくて
病院では、家族揃って大泣きをした。

そのうちに「信じられない」と言うような思いもあり
葬儀の事や、いろいろな手続きに追われ
悲しいとか辛いとか言う感情は
不思議と身をひそめていた。

そのうちに
「これから、どうなっちゃうの?」
と、不安にかられてみたり
「もう、大変な食事を作ったり
しのびよってくる
夫の死の恐怖に怯えなくて良いんだ」

と、開放感にひたってみたり。

「幸せにするって
結婚を申し込んだくせに
何一つ幸せになんて
してくれなかったじゃない?」

と、恨み事を言ってみたり・・・

「私がもっと恐い奥さんで
帰りの遅い夫に毎回角を出していたら
好き放題お酒を飲む事もなく
まっすぐ家に帰ってきたんじゃないかな?」
そんな事も思ったりもした。

夫が亡くなる事によって
私は夫の身内からも自宅からも
多少なりとも解放され
新しい人生を歩み始めた。

夫は、そうやって
私を幸せにしたつもりなんじゃないだろうか?
そんな事も考えてみたり
時には、何時間も一人でボーッとしてみたり・・・

きっと、同じような感情を味わった人も
いるんじゃないかと思います。

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2012年8月15日 (水)

病院からの手紙

夫が最期を過ごした病院から
夫が亡くなった年の12月に
手紙が届いた。

夫が亡くなって
10ヶ月余りたった時だった。
レオパレスからアパートに引っ越し
やっと仕事にも慣れてきた頃だった。

「いかがおすごしでしょうか?
何かありましたらいつでもご連絡ください」

と言う手紙には病院の住所、電話番号
そして緩和病棟のメールアドレスが書かれていた。

もう一枚の便箋には
「美しい冬空が見られる季節となりました。
○○様(←私)やご家族様は
いかがお過ごしでしょうか。

□□様(←夫)とお別れして
10ヶ月が経とうとしています。
今も□□様が入院中
頑張っていた様子を思い出します。

お忙しいこととは存じますが
体調を崩されませんように
くれぐれもご自愛ください。」

と、几帳面な文字で書かれていた。

新しい生活でバタバタしながら
お盆、彼岸、一年忌と乗り越えてきて
ふと、我に返って涙が出た。

こんな細かいところまで
心づかいをしてくれるんだ
と、驚きとともに、嬉しくも有り
いろいろ思い出して悲しくもあった。

その手紙に同封されたA4の用紙には
「愛する人を失ったあなたへ」
と、言う案内が入っていた。

案内の内容は
次のブログで紹介します。

病院からは
その後何通か手紙をもらったが
中には、家族を失った人の集まり
と、言うのもあった。

仕事もあって一回も行けなかったが
亡くなった人の家族の心のケアも
しっかりと考えてくれているのがわかった。

夫は、ずっと転院を望んでいて
最後の1週間ほどしか
希望する病院とは縁はなかったけれど
「やっぱり良い病院だったねhappy01
と、夫の遺影につぶやいてみた。

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2012年8月12日 (日)

平等に・・・

夫と私が昔勤めていた会社の
私より2歳年上の男性で
名前や顔を知っている程度の人がいるのだが
現在、膵臓腫瘍と闘っている事を知った。

昨年の6月頃から体調の悪さに気づき
8月に膵臓腫瘍と言う事がわかり
余命6ヶ月と告げられて
それから1年、闘病を続けている。

ブログによると
スポーツやコンサートも
時々はしている様子・・・

セカンドオピニオンもして
それでも、最初にお世話になった病院にも
とても良くしてもらっているようだ。

投薬も体調を見て
調子が悪いと中止をしたりしながら
ずっと続けているらしかった。

夫が最初にお世話になった病院とは
大違いだ・・・と、思った。

夫の場合は
ガン治療のマニュアル通り・・・と、言うように
熱があろうが体調が悪かろうが
夫の体調などおかまいなしの治療だった。

夫が薬を休みたいと懇願しても
「言う事を聞かなければ私は知らない」
と言うようなニュアンスの事を医師から言われ
抗ガン剤を投薬された。

結局は自分で選んだと言う形をとるのだが
悪く言えは脅迫のようなものだ
・・・と、今になって思う。

そして、中学の時の親友と会った時の事。
彼女の知り合いの女性が
乳ガンで手術もできない状態だったらしいのだが・・・

最初の病院で手に負えないからと言う事で
大きい病院に回された。
その大きい病院は
夫が最初にいた病院だった。

もう手のほどこしようがないから・・・
と、言う事で病院を紹介されたらしいのだが
余命1ヶ月ほどのはずが
移った病院で検査をしている途中で急死した。

膵臓腫瘍の男性は
余命よりも長い人生を与えられ
人の役にも立ちたいと
慰労のコンサートなどを開いて
体調の悪さと闘いながらも頑張っている。

乳ガンの女性は
自分では覚悟ができていた・・・と、言うが
本人だって思いもよらなかったろう
と思われる場面で亡くなってしまった。

そういう時にも、運命の女神様から
微笑んでもらえる人と
そっぽを向かれてしまう人が
いるんじゃないか?
そんな事を思ってしまった。

余命を宣告される事じたい
神様を恨みたくなってしまうのだが
それでも、その中で少しでも
希望の光が見える人と
もっと絶望の渕へ追いやられてしまう人がいる。

夫の場合、そんな中でも
最期の1週間ほどだったが
念願叶って転院する事ができて
最期は抗ガン剤の治療もなく
おだやかな時間を過ごす事ができた。

夫をガンで亡くしたり
離婚をして頑張って一人で子育てをしていたり
そんな人に限って体調が悪かったり
自身もガンを患っていたりする人が
最近周りに多くなってきた。

何不自由なく
楽しく幸せに暮らしている人もいる中
どうして、私ばかりが・・・
と、思わずにはいられない気持ちは凄くわかるsweat02

女神様・・・
お願いだから
みんなに平等に微笑んで下さいshine

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2012年8月 8日 (水)

自力で・・・

自宅から出て
アパートで暮らすようになってから
地元に帰ってきたせいもあって
中学校や高校の同級生と会う事も多くなった。

中学の同級生が
レストランを開店したので
そこへも、たびたび顔を出している。

彼女も2010年にご主人を亡くし
同居やご主人の姉妹に悩まされて
私と似たような境遇の中
一人で頑張っている。

そんな彼女が体調を崩して
珍しく弱気なメールをよこした。

旦那様がいれば
そんなに仲の良い夫婦でないにしても
体調の悪い時には
何かしてもらえる事もあるかもしれない。

たとえ、何かしてもらえなかったとしても
自分に、もしもの事があった時には
子供には、まだ親がいる。

私達は
自分が体調が悪くなったとしても
自分の力で病院へ行く
必要な事をする・・・

そして、自分にもしもの事があった時には
もう、子供達には親はいなくなってしまう。

彼女は、責任感も強く
頑張り屋さんなのだが
見ていて、ちょっと無理しすぎだな
と、感じていた。

働きずくめで
自分が立ち上げたお店だからと
いろいろな事に気を配りながら
次から次へとやる事がある様子だった。

休んでいる間はあるのだろうか?
そんな事を思いながら
嫁いだばかりで
家業をやっていた頃の自分とだぶっていた。

先日
「そんなに頑張っちゃって大丈夫?
無理しないでね」
と、言ってきたばかりだった。

彼女のメールには
「つくづく一人でできる事には
限界があると実感したよ」

と、書いてあった。

そうなのだ
それでも、私達は
一人で生きて行かなくちゃならない。

子供達に負担をかける事なく
なるべく長く
子供達に親としてできる事を
してあげたいから・・・

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2012年8月 5日 (日)

時はいつの日にも親切な友達

夫が亡くなってから
2年と半年が過ぎた。
そして、今日は夫の誕生日。

今でも毎月2日の月の命日の
夫が亡くなった午前7時22分には
スマートホンのアラームが鳴るbell

曲名はスターダスト・レビューの
『木蘭の涙』

逢いたくて 逢いたくて
この胸のささやきが
あなたを探している
あなたを呼んでいる

やがて 時はゆき過ぎ 
幾度目かの春の日
あなたは眠る様に 
空へと旅立った

いつまでも いつまでも
側にいると 言ってた
あなたは嘘つきだね
わたしを 置き去りに


昔、この歌を聴いた時は
恋の歌だとばかり思っていた。
恋人を慕って歌っているのだと
すっかり勘違いしていた。

本当に夫も嘘つきだ。
プロポーズの時に
「苦労はさせると思うけど
必ず幸せにするから」

・・・って、おいpunch

夫がいた30年間の自宅での生活は
25年間の夫の母との同居生活であり
夫の姉妹に悩まされる日々でもあり
自分に合わない土地での苦しいものだった。

それに比べたら
今の生活のほうが平和で
そして、精神的にも
はるかに安定していられる。

自宅で暮らしている時に
あんなにも悪かった体調は
結婚前に戻ったように
何でもなくなってしまった。

夫がいたら、自宅での生活をし
夫の姉妹とも今の状況以上に
なにかにつけて関わらなくてはならなかった。

夫は、自分が亡くなる事によって
私を幸せにしたつもりなのだろうか?
最近になって
ふと、そんな事を思ったりもする。

夫は、何のために生まれてきて
何のために私と結婚したのだろう?

なんだか、長男として生まれ
不便な場所にある家のために時間を費やし
姉妹が好き勝手な事をしている間にも
母親に振り回されて翻弄されてきた夫が不憫だった。

松任谷由実の
『12月の雨』

今にもあなたが
白い息をはき
通りをわたって
この部屋に来る気がして

もうすぐ来るクリスマス
想い出の日には
また会おうと云った
もう会えないくせに

今でもうしろを
ふとふり返れば
あなたが笑って
立ってるような気がして

時はいつの日にも
親切な友達
過ぎてゆく昨日を
物語にかえる


本当に「時は親切な友達」だ。
あんなにいろいろな思いを抱えて
泣きながら過ごしていたのに
少しづつ夫のいない生活が
普通の生活になってしまった。

夫は
「いつか旅行に行こうhappy01
そんな事を言っていながら
二人で旅行に行ったのは

亡くなる2ヶ月前に友達と一緒に
車で1時間ほどのところへ泊まりに行ったのが
最初で最後だった。

いつか・・・なんて言ってて
「もう会えないくせにthink
と、振り返ると
遺影が仏壇の横で笑っている。

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2012年8月 1日 (水)

あの頃・・・

お盆に夫の姉妹が泊まりにくるので
昨日も自宅の掃除に行ってきたんですけど・・・

掃除と言うか
大規模な模様替えになってしまった訳でcoldsweats01

ソファの位置を変えたり
パソコンラックを違うものに変更して
今までのデスクを分解したりsweat01

で、必要ない物は
3階の物置まで運ぶんですけど
これが又、結構な重労働になってしまって
まだ全部片付かないうちに時間切れで
帰って来なくちゃならなくてrun

次に自宅に行くのも
子供達ではなくて私が先だろうけど
もしも、私じゃない人が先に自宅へ帰ったなら
「泥棒が入ったんじゃないか?」
と、思うんでしょうねhappy02

自宅まで高速を使って1時間ほど・・・
運転しながら
いろいろな思いが浮かんでは消え
消えては又浮かんで・・・

今、子供達は30歳になろうとしている長男
28歳になろうとしている長女
24歳になった次男なのだが

それぞれ遊ぶ事が忙しくて
いつ孫の顔を見せてくれるのやら
と、言う感じで遊び回っている。

私は22歳で嫁ぎ
まるで奉公のように家業を手伝わされ
夫と出かける事もテレビを見る事もなく
友達との電話も
家族の留守を見計らわなければできなかった。

友達と会う事など年に2回くらいしかなく
結婚までは盲腸になった以外
病気などした事がなかったのに
慢性的に腎臓を患いながら
家業と嫁と妻と母親の役割をこなしてきた。

そして、夏休み・春休み・冬休みは
夫の姉妹が実家だからと
子供達を預けに来ては置いていく。

まるで学童保育のように10人ほどを預かり
自分の子供は一番年齢が小さかったため
来ている子供達に邪魔にされるから
私の実家に預けて他の子供の面倒をみてきた。

先日、いつも理解を示してくれる
夫のすぐ上の姉が
孫達を3人ほど預かって疲れた・・・
と電話をよこした。

その時に
「孫を何日か預かったたけで疲れちゃって
それでも自分と血が繋がった孫だからって思うけど
ステッピーちゃんは、血も繋がらない子達を
何年も面倒みてくれたんだものねconfident

と、言ってくれた。

こんな歳になってからでも嬉しかった。
今日、車で自宅に向かいながら
あの当時の私の姿が目に浮かんできた。

夫も、私からしてみたら
まるで敵のようになってしまって
親の反対を押し切って結婚したから
親にも何も言えないような絶望の中
誰にも頼れない孤独と闘ってきた自分。

22歳やそこらで
他人の中で夫にすら弱音を吐けない
歯を食いしばって病に倒れながら
誰かに抱き締めてもらいたかったあの頃の自分。

あの頃の自分のところへ行って

「これから先、もっと辛い事も苦しい事も起こるけど
誰もわかってくれない訳じゃない。
苦労をわかってくれる人も必ずいるから
負けないで頑張れsign01

そう言って、抱き締めて励ましてあげたい
そんな事を思いながら車を走らせていた。

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