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2015年4月26日 (日)

家への思い

私のお引っ越しの過去は
実家から夫のところへ嫁に行き
山奥で30年弱暮らし・・・

その間に家を建て直しするために
6ヶ月ほど、町営のアパートに住み
建て直した自宅に再び住み

夫の闘病生活のために
レオパレスに住み
その後、現在のアパートに引っ越して
現在5年弱経ったところ。

実家は、それなりに部屋もあったが
すべて襖で仕切られていたため
個室と言うものがなく

初めて作った子供部屋は
弟と二人で使っていたのに
弟の高校受験を前に追い出され

1畳ほどの北西の納戸を少し広げて
断熱材も入っていない
部屋のど真ん中には
どうしても取ってはいけない柱が邪魔をしている
3畳ほどの部屋に机も追いやられた。

夏は馬鹿みたいに暑く
冬は、凍えそうなくらい寒く
もちろんエアコンもないから
長い時間はいられない。

冬は、どうにか
布団にくるまっていられたが
夏の昼間はいられない。

それでも夜になると
部屋の温度は
すぐに外と同じくらいになるので
夏場の夜はそれなりに快適だった。

そんな状況の中で
小さい頃から良く部屋の間取りを
方眼紙に自分で書いては
楽しんでいた覚えがある。

そんな事から
高校は工業高校の
建築科へ行きたかったのだが
親に反対されて行けなかった。

でも、夢は娘に受け継がれ
娘は、工業高校の建築科を出て
今は建材会社に勤めている。

嫁ぎ先の部屋と言うと
これも又、北側の納戸を改造して
北側に小さい窓しかない
薄暗くジメジメした部屋で
10年ほど暮らした。

納戸を改造する部屋に縁があるんだな
そんな事を漠然と思っていた。

生活にも学校にも不便で
仕事もない自宅の場所で
子供達がここにいるのは
そんなに長い事ではない

そう、思ってしまうから
家を建て替える事に消極的な私に対して
夫にしてみたら
家を建てる事は大きな夢だったのだと思う。

時期的に、まだ
子供達の部屋も
夫の母の部屋も必要なあげく

夫の4人の姉妹が
家族を連れて来た時に
全員がいっぺんにきても泊められると言う
夫の母の条件から始まった自宅の建て替え。

私は夫と二人の部屋を与えられたが
夫の母を一人ぼっちにさせてはいけない
と、言ういつの間にか私に課せられた状況のせいで
寝る時にしか利用できなかった。

そして、夫が亡くなった今
自宅は、何一つ自分の好きにはできない。

夫の母がかつて使っていた部屋は
子供達が友達を連れて
泊まりにきて使った時も

「おばあちゃんの部屋
誰かが使ったの?」

と、夫の妹に言われ
「鍵を私たちに渡しなさいよ」
とも言われたりした。

その時から、夫が作った家でもあり
私が設計した家でもあるけれど
ここは、私の家ではないんだ
そんな思いで過ごしてきて

夫が亡くなった今は
夫が残した家であるにも関わらず
何一つ自分の自由になんかならないその家は
捨てたも同然になってしまった。

ずっと、家や部屋に恵まれる事もなく
それは、自分の宿命のように
受け止めるようになり

アパート暮らしはそれなりに便利で楽しく
何の疑問も持たずにここまできた。

それでも、次男が結婚して
私のアパートから出て行き

一人で住むには
今のアパートの家賃は高いので
引っ越したいと思うようになり

そんな時に疎遠になっていた
友達との出会いがあった。

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